大船鉾(おおふねほこ)見てきた。ヽ(´∀`*)ノ
49年ぶりの『後祭(あとまつり)』の復興、しかも150年ぶりにこの大船鉾(おおふねほこ)が甦って山鉾巡行に加わると聴いて、私も5年ぶりに夏の京都へ出向く決心を致しましてですね…!
(;`д´;)g
下の画像は、街角の掲示板に貼られた告知ポスター。150年ぶりの再建…てことですが、150年前、その失われた原因ちうのが1864年の『禁門の変』による焼失、ちうんですから、まあほんまに京の町ちうのは、歴史的政変の度に公家やら武士やらのクーデターやらなんやらで、燃やされて壊されてまた燃やされて…の連続やったんですなあ。
大船鉾に関してはコチラを参考にしてくださいな…と下駄を預けておいて、ここでは目撃レポートを。
とにかく朝早ように出れば、超過密シーズンの京都とはいえ、少しは人混みに悩まされずに行動できるかと思て家を出たのは六時。15分の電車に乗って、梅田経由で阪急を使て大船鉾の本拠地である、四條烏丸新町もよりの烏丸駅に着いたのは7時40分。
ヽ(´∀`*)ノ いやー!さすがの四條烏丸も、まるで無人のようにヒトケがない!
まあさすがに、新町に着くとそれなりの人だかりができてましたけど、関係者と一部関西のテレビ局と、あとは私みたいなカメラ趣味な人くらい。でも通りはお世辞にも広くないんで、ほんまにギリギリな状態で設置されてて、まさしくちょうど乾式ドックに船ができあがりつつある、というたたずまい。
で、実にええタイミングに到着したんですよ。
つまり、今から四つの車輪を取り付けようとする、そのタイミング。
台座にはこうして車軸むき出しで、車輪を取り付けられるのを待っている…そんな状態。
面白いのは撮影陣ちうか、カメラを持った人々はまるで“そう決まってる”のかと思うほどに、同じパターンで同じ構図で同じものを追いかけるんですねえ。
私がアマノジャクなせいか、ヒトサマとセンスがズレてるのか、私の立ち位置を侵す人は誰も居らず、いわゆる場所取りだの撮影ポジションを邪魔されて…という事が皆無でした。
「車輪ひとつの重さはどれくらいあるんです?」町内会の人らしき男性の一人のそう訊ねたんですが、「100kg…200…いや300はあるんちゃうかなあ」大船鉾よりやや小振りな船鉾で8.41トン、近い大きさの南観音山で9.54トンらしいので、あながち間違ってないのかも。
それを数人がかりで転がしていって、さきの車軸へはめ込むわけですが、ジャッキなど現代テクは使わないので、テコと人力で押し上げてはめ込むという荒技。
これが車輪ハメコミの決定的瞬間とアングル。
別に無理矢理危険な所へ入り込んで撮ってるのではないですよ。いつものようにしゃがみ込んでズームで狙っただけなんですが、何故かプロ様はこういうアングルには誰も寄りつきません。
ちなみに、この車輪の向こう側はプロアマに一般客関係なく、人がいっぱい群がって互いの頭を邪魔だ邪魔だと思いながらも写真を撮ってるのです。
車軸がヌラッと光ってるのは潤滑の為の油。なに油か聞きそびれましたが、たぶん昔ながらのものでしょうから、菜種油あたりなんでしょうね。
ちなみに、大船鉾をえっちなアングルからワタシ自慢の超広角で捉えたのがこれ。
さすが、ナニモカモ新しい。他の鉾の場合、縄は毎年新品ですが、それによって組み上げられている骨組みは、年月の経過によってあるものは飴色に、あるものは黒光りさえするほどに古びたものの混成ですが、150年ぶりの新造鉾となるだけに、ピッカピカの新品です。
ちなみに、画面からは分かりませんが、山鉾の組み立てに遭遇するとまず感じるのは真新しい縄のワラの香ばしい香りなんですよね…。
さらに今回の大船鉾の場合、これまた真新しい木の香りと、漆のツンとした香りもあるのです。
まさしく『新造船』。
ところで、スタッフ…というか、大船鉾の再建に尽力した、大船鉾町内会のみなさんが着ているお揃いのTシャツのデザインのまあ、カッコええ事。欲しかったんですがね、多分そういうのは今日22日の宵々山、23日の宵山、そして24日の山鉾巡行の当日でないと売られないものなんでしょうね。
こればかりはどうしようもなかった。
この画像が欲しくて、ずっと腕を腰に当ててたとあるおっさん(ちうてもワタシより多分いくつか若いでしょうが)の胸元ばかりをノーファインダーで何カットも撮ってました。
(-_-;) フト思いましたよ。何が哀しゅうて、おっさんの胸元を盗撮せにゃならんのか、と。
でもまあ、こうしてエエ感じの使用写真をご披露できたんで無駄な努力ではなかったな、と。
つぎにディテール、ちうか、山鉾装飾の最大の魅力でもある、大がかりで緻密な刺繍細工などをご披露しましょう。
これは舷側部の波と怪しげな鳥…いや、たぶん伝奇的な生き物なんでしょうな。真紅の羅紗地に金刺繍。そして次が、お馴染み『青龍』ですな…と、コレを書いていてウッカリ反対側を確認するのを怠りました。
もしかしたら、反対側は白虎やったかも、という事。
当然、前は朱雀(すざく)で、後ろは玄武(げんぶ)という可能性が高いんですもんね。
ウカツでした… (;´д`;)
そしてこれがバックビュー、舵とその上の“船室”。なんて呼ぶんでしょうか、見送り?が見事なばかりの鳳凰の刺繍。
同じくバックビューなんですが、このアングルから見ると船と言うより巨大なヒュードロクーペ…いや、お若い方はお分かりにならないのも無理ないですが、気になったらこの名前をググって見てください。
ところで最初の画像は、完成なった大船鉾の『曳き初め』。
ちうても距離にすれば十数メートルですが、それによっていわゆるタラップとの直づけで、宵山などには実際に鉾に乗れるようになるわけで。
(;´_`;) あー。乗りたかったな。来年のチャンスを待とう…
ほんでもって、最後の写真は──────。
やはり、組み立てるにも今の電線、電話線だらけの空の狭い道では、山鉾が移動するにはあまりにも『ビリビリ電撃棒ゲーム』みたいにギリギリな設置&移動条件なんですねえ。
そこで、鉾に乗った“スタッフ”が、邪魔な電線が引っかからないよう、鉾が進むにつれて、指示棒みたいなものでゆっくり、グイグイと押し戻す…でも下で見てるみんなはハラハラ。
棒きれではうまく電線を押し戻せない…そんな時、にゅっと伸びたのは、足でした…。
そして大勢の努力と工夫と根性の結晶として、この記事、最初の画像の『曳き初め』と相成ったわけですな。
(´人`*) 思わず巻き起こる、観客たちの拍手。
いや〜〜〜、エエもんを見せて貰いました。<(_"_)>
ヽ(´∀`*)ノ ほな、また。
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