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2012.07.27

LaLaが創刊36周年だそうです。おめでたいやらオソロシイやら。

Lala1209
 いや、やっぱり私にとっては恐ろしい事です。( ̄▽ ̄lll)
 1977年8月、私が発売ひと月遅れで創刊号を求めて真夏の炎天下に街じゅうの本屋を尋ね廻った想い出が…さ、36年前の事ですとぉおおおおおお???
 昨日の事さえ覚えてないのに、その時の事はつい先月のように鮮明ですよ。エアコンもなかった狭い小さな本屋のインクの匂いまでおぼえてるもの。

 てことで、いつもクドいけど、今回は自分にとっての想い出話なんで、さらにクドク語ります。
 私にしては珍しく懐かし過去なもので、自分のために。お付き合いくださればいとウレシ。

 で。たぶん最後にLaLaを買ったのが私よりちょうど一歳上の成田美名子さんの『Cipher(サイファ)』が連載中の頃ですから、ググってみればこれが1985〜1990年。
 てことはほぼ10年。長い間買い続けてたんやなあ、と驚いたり。
 ちうことで、かれこれ25年ぶりに『LaLa』買いました。
 

Nyanco_sensei00

 ええ、『夏目友人帳』の付録、ニャンコ先生の “陶器フィギュア” 目当てです。ちうか、どう見ても箸置きでしょう、これは。

 とはいえ、ちょっとお腹がアレなので、納まりの良い部分は首輪のあたりになってしまいますが。
 ─── (=`・ω・´) あれ?いつのまにLaLaって付録なんか付くようになったん?

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 それはともかく……ああ。あれはまだ私が高校二年の夏。

 高校、しかも普通なら受験の準備真っ最中となる二年なのに、なぜか臨海学校なんかあったという、いかにも進学と無縁なレベルの学校でしたわ、あっはっは。
 でも、それがまさか人生の岐路となった出来事になろうとは。

  ι(´Д`υ) …いえ、溺れかけたとか、そういう話ではなく。
 兵庫県は日本海と太平洋のふたつの海を持つ県ですが、灘や神戸のあるハイカラな太平洋側と違って、日本海側は当時いたってのどかな風景の漁村が多かったんですな。
 そうした町の民宿に分宿して四日間という、今考えたらなかなかのんびりゆったりなイベントやったわけです。

 でも教科ですから、泳がされ方はキツかった。遠泳2kmとか、よぉやったなと。
 そんな調子ですから泳ぐ以外はもうみんな部屋でへばってましたね。ちゃんとシャワーもあびず、砂だらけのままで畳にゴロ寝ですから、民宿の方もさぞ迷惑された事かと。

 同時に、暇な時はする事ない。ゲーム機なんかありません。まだスペース・インベーダーすら誕生してませんからね。
 身体を使って遊ぶ以外、娯楽なんかないわけですが、肝心の身体はボロボロです。だから寝る。
 が、ジャリジャリを我慢しながら寝っ転がる私の視線の先に、押し入れの中が見えた。
 そこに積まれた、妙に分厚い雑誌の山。

 少女マンガでした。たぶん、民宿にはお嬢さんがおられたのでしょう。
 我々が危険なので、どっか別の建物か土地に疎開されてたと見え、マンガ以外に一度もその痕跡を発見できませんでしたが…ふっふっふ。

 他の連中は「なんや、女のマンガか」とハナも引っかけませんでしたが、私はヒマの限界でしたし、フト見た表紙には、当時日本にテニスブームを起こすほどに大人気だった『エースをねらえ!』が。
 週刊少女マーガレットが一番上に重ねてあったんですね。

 キラキラの眼、妙に長い手足、どこか近寄りがたく無粋な野郎の脳髄では理解の枠を越えた内容の物語…というのが、思考がガキンチョの男にとっての “少女マンガ” の定義でした。
 (。-`ω´-)6 それに野郎は思考がガキンチョなので、「こいつ、女のマンガ読んどる!」と冷やかすアホウが普通に居たんですよ。17歳にもなって。

 とはいえ、当時の私も拒否反応こそありませんが、まだ少女マンガの免疫はありませんでした。ただ、アニメが好きだったのは今と同じ。
 その原作が描かれた雑誌。好奇心に駆られてページを繰り出しました。

 気がつくと、すっかり陽が暮れて、食事の時間が来てました。
 手元が薄暗くなっていたのに気も付かなかった。無心に読み続けてたんです。

 それほど少女マンガは面白かった。もう夢中でした。(*´∀`*)
 当時の少年マンガは下品化・過激化の一途をたどり、中学の頃すでに私は “マンガを卒業” して、SF小説と映画マニアの少年として高校生になってました。

 ところが少女マンガには全てがあった。繊細さ、ドラマチックさ、心の機微、ダイナミックな筋立て、美しいビジュアル、さらには少年マンガのようなガチガチの枠線や創造性のない構図ではおよそ想像もできないほどの画期的なコマ割や絵画的表現による芸術性。

 これは今の生粋の少年マンガでもおなじですね…少女マンガには到底及ばない。
 ただ、私がハイブリッドと呼んでいる、ゲーム系雑誌やラノベなどから派生した、性別に囚われない新時代のコミックは別。
 さすが半世紀にわたるアニメの啓蒙と進化は物凄いものだと感動しますが、実はその先駆けは『花とゆめ』だったんですよ。
 当時の私が『りぼん』と共にタイトルを言うのも照れてしまう雑誌でありながら、実際の連載にはかの『スケバン刑事』と『紅い牙』という、男性作家によるとんでもない作品があった。

 特に『紅い牙』シリーズを描いた柴田昌弘先生は、どんな少年マンガよりもダイナミックな、ハリウッド映画を連想させる作風で私をノックアウトしたんです。
「これが少女誌!?」衝撃的でした。こんなマンガこそが読みたかった。

 その後の事は覚えてません。一刻も早く帰りたかった。
 その日から人生変わりました。

 もう臨海学校どころではありません。本屋に行きたかったんです。とにかく、もっともっと少女マンガが読みたかった。
 中でも『LaLa』が欲しかった。創刊号、当時すでに大御所と呼ばれたような作家さんを一堂に集めた、夢のようなコラボレーションです。
 それも創刊号ですから、すべて “始まり” 。連載を途中参加で読むあの気持ち悪さがない。これは初めて少女マンガの世界へ飛び込もうとする私にとって最高の入門書でもありました。

 でも民宿にあった『花とゆめ』は先月号。そこにあった『LaLa創刊号』の広告。当時はまだ隔月刊だったんですが、広告を見たのは8月、創刊は7月。だから焦った。
 夕日に染まる街を走り回ったのはその時。でも、結局見つからずじまい。今のようにネットもなし、古本屋さんならあったでしょうが、その頃の私はそういう発想もなかった。

Lala1975

 だから今も私の手元にあるのは、上の写真のように、創刊2号から月刊化してしばらく分の『LaLa』が10冊ほど。
(実物を引っ張り出してこれ見よがしに撮ろうかと思いましたが、本の部屋は熱波で近寄れず?なのでネットからの画像でそれっぽくしてみてます。)

 手に入らなかった創刊号は残念でしたが、その時本屋さんにあった少女漫画誌の最新号を、誰かクラスメートに気づかれないかとドキドキしながら片っ端から買い込み、意気揚々と帰っていきました。
 さすがに当時すでに少女誌もかなりの種類がありましたんで全部網羅するのは無理。
 それでも毎月『週マ』『月マ』『月コミ』『りぼん』『花ゆめ』そして『LaLa』を買い続けました。さらに親友の妹さんからお古になった『フレンド』と『なかよし』をもらって…。
 毎月雑誌が山と溜まりましたが、すべて作家を目指す為のお手本でした。

 そうです。読むだけでなく、とうとう少女漫画家になりたいと、本気で思ったんで。
 思い込みってすごいですねえ、その時まで私、ラクガキ程度しか描いた事なかったのに。

 まあ、そっから先はまた別の話───。ヽ(´∀`*)

 私のしょーもない想い出話、ここまで読んでくださった方、感謝します。m(_"_)m

 しかし、長らくコミック系から離れてたんでアニメ化された作品以外は知りませんが、やっぱり少女マンガってええですなあ。
 それも白泉社のは格別。居心地が良いというか、やっぱり一度は自分の人生を預けようと考えたこともある出版社だけに、波長が合うんでしょうね。

 それがなんやかんやで、もう36年───干支で3周りも経ったのか、と。オリンピックが9回ですよ。ね、怖いでしょう。
 なので、このニャンコ先生は私にとっても記念品。

Nyanco_sensei02

 よくよく見たら、箱の裏にちゃんと「箸置きにもいいね♪」と夏目君が言うてはりました。
 ほな、最初から『ニャンコ先生箸置き』にしたらええのに… (=`・ω・´)

 などと珍しく昔を懐かしみつつ。ヽ(´∀`*)ノほな、また。

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コメント

月刊LaLaですか、ほんにこちらの記事は、波長が合うわけだ、創刊号はともかく、なんか見た記憶のある表紙がちらほら、このごろは、少女マンガは、トンとご無沙汰ですが、私も、いとこの家で、少女コミックを見たのが、運の尽き少女マンガ読みまくりました。自慢するこっちゃないけど、和田伸二、忠津陽子、森川久美、山田ミネコ、文月今日子、まあともかく、わが同士よここにも馬鹿はおります、自信を持って少女マンガを褒め称えましょう。

投稿: ka-zu | 2012.10.06 11:59

ka-zuさん、まいどまいど。ヽ(´∀`*)ノ
私も最近の少女マンガはアニメになったものしかお目に掛かってないんですが、その魂はやはりいまも変わらず受け継がれているように思います。
同志よ、ええもんは、ええんです♪

ka-zuさんはTwitterはされてないんでしょうか。
記事にはこうしてたまにしか書いていませんが、そっちではけっこう発作的につぶやいておりますよ。私のタイムラインでの知人達もそういう人が多いので。

投稿: よろづ屋TOM | 2012.10.06 21:57

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