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2011.10.20

『日常』それが見せてくれるのは極限までの“動画”の可能性。

Nichijou04

 前回からの続きです。

 何がすごいって、ディズニーはライブアニメーションといって、実写で撮影したフィルムをなぞるやり方で絵にしていた(つまり一種のインチキですよね)のに対して、日本のアニメーターはみな自力の空想力とデッサン力だけで動画を作ってきた所。

 だから昔は動きはごつごつガタガタしてたし、一回のお話の中なのに、ヘタしたらシーンやカットごとにデッサンが狂ってた東映アニメーション全盛の頃を考えたら奇跡のような進歩です。

 その最たるものは髪の毛。
 

 10年、いやもっと前…たとえば『ベルサイユのばら』で風になびくオスカルの髪のその滑らかな動き、優雅さに驚いたもんでしたが、今やふつうに振り返っても頭を上げても、いやさ、単純に歩いてるだけでもふわふわと髪がゆらぐんですな。

 ここで思い出して欲しいのは、たとえ1ミリでも動くということは、それだけ別パーツとして髪を描いているということ。

 同じ配慮の仕方は、たとえこの『日常』みたいなギャグ系のアニメであっても、しっかり筋肉の伸び縮みや、その中にある骨格の関係性さえもが感じられるほどに動きが自然なこと。
 もう、ダビンチもびっくりでしょう。
 
 そんなとんでもない環境の中で、京都アニメーションがなんでずば抜けた魅力があるかというと、毎回精力的にやろうとしてる方向性が、単にナチュラリズムの忠実な再現だけでなく、とんでもないデフォルメさえも、いかにすれば観る者に効果的に魅せられるか、を意識してること。

 そのベクトルの中での『動き』、おしゃべりでも音楽でもなく、まず“動く絵”ありきの面白さという、アニメーション本来の原点の楽しさを徹底的に追求している点。

 だからといって、基本となるナチュラリズムがしっかり描けているからこそ、ありえない動きが出てきた時に面白さが倍増する事はいうまでもなく。

 そういう楽しさを極限まで追求してるのが『日常』。

『ハルヒ』や『クラナド』は時としてぶっ飛び気味な内容になるにしては、動画としては案外ノーマルで大人しく、むしろ邦画のもつ叙情的な映画的技法を多用してるところが特色でした。

『けいおん!』になって、たま〜にギャグとしての動画の面白さ(さわちゃん先生が好例)が諸処に取り入れられ始め、ともすれば地味この上ない画面になってしまったはずの、スナップ写真風な雰囲気に見事なスパイスになってましたよね。

 そして『日常』では、ついにやってしまった。
 いったい、どこまで過激なデフォルメと精密なナチュラリズム描写が共存できるかという、偉大な実験を。

 しかもそれを紡ぐストーリーには、一見難解とも取れる、“愉しめる人を選ぶ”質のニッチでマニアックな笑いで染め上げて。

 どこまで冒険するねん、と毎回ハラハラさせられましたが、同時にほんとにワンカット、ワンシーンにアニメーションとしての、動画の真髄を堪能させて貰いました。

 なのに、この作品、DVDの売り上げとしては伸び悩んでるのだそう。

 でも、創り手たちは最初から分かってたと思うんですよ。だってこんだけやりたい放題やったんです。
 まさかハルヒやけいおん!みたいな売れ方をするなんて誰も思ってないでしょう。
 逆に売れたら、そんな世の中は気持ち悪いです。

 もちろん、アニメではともかくも、テレビとしてはこういう作品は初めてではありません。

 私らみたいな世代だと40年前の『ゲバゲバ90分』30年前の『空飛ぶモンティ・パイソン』でこういう匂いと空気感を経験済みなのでよぉく分かってるんですよ。
 最近でこの手の番組では『フーコンファミリー』がいまだにニッチな時間帯を縫うようにして放送されてますが、あれも元は10ウン年前の『バミリオン・トレジャーナイト』というワケの分からん深夜番組の1コーナーだったんです。

 いまちょっと似た匂いのする番組は教育テレビ(Eテレなんて絶対呼びませんよ!)の『シャキーン!』でしょうかねえ。ただし『サラリーマンNEO』は違うと思います(あれは狂ったフリしてるだけ)が。

 もっとも、『日常』はアニメです。主人公がコケるにもなのちゃんが機関砲をぶっ放すのも、みな一枚一枚ていねいに作画しないとピクリとも動かない。
 その苦労は実写ギャグコメディとは全く異なる苦労と苦心がある。

Nichijou0018

 だから作画する方は血を吐き手を砕き気は狂わんばかり、そら並大抵の苦労ではなかったでしょうが、そんな中でもマゾヒスティックに愉しんでるのがありありと分かりますよね。
 それが『どや、やったったぞ』な傲慢なものではなく、「へへ。やった。俺、やれたよね?」という健気な宣言なんですよ、毎回が。

 この作品は、秒ごとに全部がバイブルですよ。アニメを作ろうと志す人たちの。

 コマ送りで研究すれば、数本見終わるまでに大脳も小脳も、原画と中割(動きの違う原画の間を埋める動きの絵)の割り振り方や、それによってどんな動画になるのかのコツが呑み込めてしまうんじゃないでしょうか。

 動画マニアと、プロを目指すアニメーターの卵、それも国境を越えたスケールで、そしてなが〜〜〜〜〜〜いスパンで売れる、ロングセラー作品だと思うんです。

 短期間で売ってしまおうなんて考えてはダメ。これは動画の教科書なのです。

《まだつづく》

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