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2011.10.16

何を伝えようと考えてる?…NHK時代劇『塚原卜伝』

bokuden

 なんせ剣豪もの、と聴くと立ち上がりかけるほど、洋の東西を問わずにそっち方面の時代小説が大好きな私です。もちろん堺雅人君が卜伝、てのもあまりにもイメージ違うので逆に興味ありましたが。

 しかし、まあ無理だとは思てました。いや、堺=卜伝が…ではなくて、あくまで『原作』ってクレジットはしても、内容を原作みたいなノリで作るのは…です。
 しかしそれならなんで今更『剣豪もの』それも日本史上、剣豪の元祖中の元祖をテーマに選んだワケはなんやったんかしら…?

 どうも今のNHKは、歴史物に対してキレイに二分している気がするんですよ。
 つまりドラマは完全なフィクション…というよりもホーム向けソフトチャンバラ。
 逆にドキュメンタリーや歴史探訪ものはとにかくリアルに、とにかく史実に忠実に。

 このギャップのすごいことすごいこと。( ̄_ ̄lll)

 極端に言えば、最新研究の歴史書と自由発想系のアニメ(信長や曹操が女性だった、超能力があった、みたいな)ほども差がある。
 まあ仕方ないんでしょうが、原作のリアルさが大好きだった私としては、毎回うならざるを得ないんですが。

 という原作がどういうものかというと、それはそのまま津本陽という作家さんの特徴の紹介になるくらいに、津本作品はそれまでの時代小説とはタッチが異なります。

 とにかくリアル。尊敬する司馬遼太郎先生の作品も、たった一行書くために実地検証を繰り返された上で筆を進められるリアリズムで知られていますが、それを絵で例えるなら“精密測量による地図"ですね。

 いっぽう津本陽先生の場合のリアルは、まさに“超写実細密絵画"。時代小説のスーパーリアリズム。
 日本刀とは何が斬れて、どう扱えば折れたり曲がったりするのか、そしてそれを扱う剣法とはどういうものか…が読んでいる内に自然にマスターできてしまうのです。

 刀で打ち合った時、欠け飛んだ刃のかけらが皮膚に突き刺さる、なんて表現を描いた作家はおそらくこの先生が最初の筈。

 そもそもスケッチ的に描写している一般の作家と異なり、津本氏は竹刀の剣道でも高レベル有段者であり、木剣による組太刀から居合まで有段で、つまり実際に日本刀を扱えるエキスパートなのです。
 さすがに活きた人を斬ったことはないでしょうが、著書の中で骨のついた豚肉を試し斬りした話も出てくるほどなので、作中でしょっちゅう登場する斬り合いのシーンの迫力や生々しさは他の追随を許しません。

 どんな名刀でもヘタに扱えば欠ける、曲がる、折れる。
 逆にどんななまくら刀でも、使いようで斬れる、突ける、刺せる。

 そんな日本刀での斬り合いというものが、私らがTVで目にする『殺陣(たて)』などとは全く異なるものであることも解ります。

 同時に、人の身体を解剖学的に考えると、斬り合いの結果がどんなものかも見えてくる。
 胴体を深々と斬られ、手脚を断ち斬られたからといって即死するとは限らない。
 逆に、浅く斬られただけでも、神経や筋を断たれたら簡単に再起不能になるし、動脈なら即死する。

 津本氏が描く幕末、ことに新撰組が登場する話には、斬り合い後の路地には斬られた指だの耳だのが血溜まりの中にいくつも落ちている、という記述がよく出てきます。
 実はハチマキは気合いの為でもなんでもなく、刀をよけそこなって切られないよう、耳たぶを押さえ込むためにするのだと知った時は驚きました(手裏剣を挟むこともありますが)。

 そういうグロテスクともスプラッタとも取れる表現の中で、そうまでして戦わねばならない、日本の二千年以上に及ぶ『刀剣による戦い』の歴史を感じることで、やりとりされる生命の意味を考えさせられるのです。

 ともすればダンスのようで、振ってる刀はどう見ても軽そうで、当たったくらいではケガさえしないような錯覚を起こさせるTVの『チャンバラ』表現。
 エンターテインメントだよと言えばそれまでですが、いうなれば『戦場の殺し合い』をこんなに軽く描いていいもんなのかしら、と思ってしまうのです。

 原作では、道場での技術では負け知らずの、若き日の卜伝こと塚原新右衛門が、いわば流儀の宣伝のために諸国で他流と試合して勝つ(つまり殺す)ことを義務づけられて旅に出されるのです。

 人を斬ったことがなかった卜伝が、野盗を“退治"するという大義名分を得て、人斬りの初体験を果たし、ビビるどころかあまりにもアッサリと人が殺せることに新右衛門がワクワクするという異様で異常なシーンは読んでいて薄気味悪くなります。
 これはTVでも描かれていますが、それ以前の斬り合いがダンスみたいな描写なのでリアリティがないんですね。
 原作はもちろん、返り血を浴びながら悪鬼のような姿でサクサクと殺しまくる卜伝と、従者の姿が描かれています。

 反面、やがて腕達者たちと試合を重ねながら、ようやく人の生命の意味、自分が行う人殺しの技の意味に考えが及んでゆくプロセスは、その斬り合いのかっこよさにも惹かれてしまう自分にも戦慄を覚えるのは、先に私自身が書いたチャンバラへの憧憬を感じて実に皮肉です。

 人々の眼前で互いに刃物で殺し合うという“試合"が当たり前に合法化されている世界。
 それが当時の日本。

 それをなりわいにしているのが剣豪。つまり人殺しが商売、仕事ですが、ポイントは戦でもないのにそれをやってるところ。

 公式サイトの『みどころ』によると───

戦国時代に剣の聖地・鹿島に生まれ、幼少より鹿島中古流の太刀を学び、17歳で武者修行の旅に出て、生涯数多の真剣勝負や合戦に臨んで一度も負傷しなかったという伝説的な剣豪・塚原卜伝。
波乱万丈の死闘を潜り抜け、鹿島神宮に千日間の参籠をしてついに会得した「一つの太刀」とは。
有名ではあるが、いままであまり映像化されたことのない謎に満ちた卜伝の青年期を中心に、その実像に迫る斬新な時代劇。

 どうもスポーツ根性・サクセスものみたいに思えてなりません。

 ( ̄へ ̄lll) どうなんでしょう。
 だいいち塚原卜伝じたい、名前すらも知らん人が多いと思うんですけどね、今は。

 はたして、NHK時代劇の『塚原卜伝』はどういう事を伝えたいと考えているのか。
 その到達点がどんなものなのか、とりあえず最後まで観るつもりです。

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