« 薫る梅の花こそ日本人のココロ。 | トップページ | 777,777Hit達成しました♪ »

2011.03.13

テレビ報道の終焉は近い(たぶん)

 私はテレビが大好きです。
 帰宅したら電灯よりも先にテレビを点ける。眠るときにもテレビはタイマーで消す。
 なにせ、1961年に生まれた時からテレビがあって、テレビっ子と呼ばれたたぶん最初の世代のひとりだと思う。

 日本最初のテレビアニメ『鉄腕アトム』は1963年、昭和38年からで二歳の時。
 日本最初の本格的特撮テレビ『ウルトラQ』は1966年、昭和41年で五歳の時。

 1964年に父が亡くなってからは母と祖母の和裁によって育てられた上にもともとインドア派だった私にとって、終日点いているテレビは常に全ての情報ソースであり、様々な意味での先生であり、刺激でした。
 とにかく目が覚めたときからテレビが点いていて、食事の時も消されたことがない。朝から夜遅くまで延々と着物を縫っている母たちにとっても唯一の娯楽だったからです。

 だから眠るときもテレビは絶対点いていました。むしろ眠くなくて面白そうなテレビをやってる時でも、無理矢理に寝かしつけられたもので泣きながらダダこねたもんです。
 といってもイマドキの子供ではないので、いいとこ22時台までには寝かされてたはず。
 今の子供たちはそんな時間帯まで塾に通ってたりしますよね。


-------------▲▲GoogleAdsense広告▲▲-------------


 それから50年近く経った。

 大きな災害がある度に、各放送局はすべての予定された番組を中止して全力で視聴者に情報を届けようと躍起になってたもんです。
 古い記憶では『浅間山荘事件』みたいな立てこもり事件、もうずいぶん経ったけど『阪神大震災』『スペースシャトルコロンビア号爆発』『9.11テロ』。
 いずれもテレビだけがリアルタイムの情報ソースでした。もちろん阪神大震災の時にはもうパソコン通信という形でコンピューターやウェブの原型があったものの、今程リアルタイム性はなくて、それでも被災した友人と通信を通じてやりとりしたことが昨日のよう。

 それでも素人が撮ったビデオ画像が誰でもいつでも観られるなんてことはなくて、あくまでテレビ局が入手し編集した画像を放送を通じて初めて知るものでした。

 それから20年弱で、Webという世界的革命的な通信手段の発達により、いまや誰でも『動画』というカタチでどこの誰とも判らないままでもありとあらゆるビデオ映像をパソコンで観ることができるようになり、またTwitterというリアルタイムで特殊な“放送媒体”によって、テレビやラジオよりも速くさまざまな情報を知ることができるようになりました。

 経済的な観点ではフェイスブックは注目されてるのかも知れませんが、Twitterの持つ一種の『電光掲示板ニュース』のような独特な情報形態の持つ即時性はもうどんな電波媒体もかなわないでしょう。

 私は今回の『東日本大震災』でそれを痛感しました。

 これまでも地震や災害が起こると、タイムライン(通称TL、フォローしている人たちの発言が並んでいる有様を指す。ブラウザーで設定した時間に則って自動更新されることで電光掲示板のような効果が得られる)にその方面に住む人が一斉に反応して「地震だ」「いま揺れたね」などと書き込むので、すぐに「あ。今東京で地震があったのか」とか、自分の所ならどの範囲までが揺れたのかが大体把握できたのです。
 そしてラジオや一般的なネットニュースがそれを告げるのは早くて10分、遅かったら半時間以上ずれ込むので、もうほとんど意味を成さない。

 ところが今回、何が驚いたと言って、全国にまたがる私のフォロワーさんたちがほぼ全員、地震があったこと、いやそれどころか「揺れ続けてる、怖い」と“つぶやき”続けたこと。
 それはとりもなおさず、全国が一斉に地震に見舞われたことを示していたから。
 そして私の勤め先のある大阪も大きく揺れた。
 ながく、ながく、揺れ続けた。被害こそ無かったけど、ビルの6階にあるオフィスで私は船酔いに似た症状を感じるほど、長い揺れだった。

 すぐにネットのニュース、ラジオにも耳を澄ませたけど、結局地震のことに触れたのはやはり半時間も後のこと。
 その間にもTwitterのタイムラインでは、物が壊れ続けてること、余震が来たこと、潮が引いて津波が来そうなことを個々に告げていたのです。

 そして。

 ようやくテレビが報道特別番組として災害の状況を放送し始めた。
 でもどこで何が起こっているのか、鉄道は、交通は、そして避難場所はどこか…などをかろうじて告げていたのはNHKだけ。
 民放も最初は申し訳程度に報じてましたが、自宅に帰った22時以降となれば、いつしか細かな情報は小さな小さな字幕だけとなり、見知らぬ老人がたどたどしい口調で、あるいは訳知り顔な口調で解説と称して持論を公開するだけのワイドショーになってました。

 そしてそれは次の日もえんえんと続いて。
 チャンネルを変えても衛星に変えてもどこも似たり寄ったりのワイドショーをえんえんとやっているだけ。えんえんと、えんえんと、いまこれを書いている深夜2時になってもまだ同じ調子で同じ内容を繰り返し繰り返し放送してる。

 テロップに出てくるのは亡くなった人の名前。でもその人たちと最後の別れをしようにも、どこへ行けばいいのかは判らない。ただひたすら義務のようにリストを垂れ流すだけ。
 たまに交通情報が入っても、端的でさっぱり要領を得ない。

 結局、ネットで調べた方が確実でよく判ったりするのです。
 いや、Twitterを見てるか、尋ねたらだれか現場に近い人がちゃんと親切に応え、教えてくれる。

 そういった事をWebでは、Twitterでは多くの人が指摘してるにもかかわらず、当の電波放送テレビは意にも介せずにやはりワイドショーとして大災害をどうすれば恐ろしく、どう見せれば不安になるかを狙っているような演出と編集で見せつけつづけています。

 かつて田原総一郎氏が語ったように、昔の記者は特ダネをよそに盗られるのを一番怖がったけど、今のテレビ報道はよそと違う報道をしやしないかとビクビクしてるのだそう。
 言い方は悪いけど、これを古来『百姓根性』って言うんですよね。
 隣の人と違うことをするのを最も恐れる。なので今の報道記者は記者クラブで異なる放送局であろうとも、事前に内容を談合して大筋を決めてるのだとか。

 結果として、どんなにチャンネルを変えようとも、やってる事は同じになる。
 さらに、撮影や取材、ヘタしたら編集や演出さえも外注頼みだったりして、その外注も数局から同時に依頼されたりするから尚更同じ物になって行く。
 
 一方で、テレビでは得られない情報が即時に、しかもすべてTwitterやU-streamで簡単に得られるWebの利用者。
 Web、ネットを蛇蝎のように嫌った故・筑紫哲也氏は、よく番組内で「インターネットの情報にはデマや誤報が多いから余程気をつけないといけない」みたいな事を言ってましたが、ならばと振り返ってテレビの報道はどうだったかといえば、むしろ大新聞至上主義と唯我独尊的な独断偏見性が災いしてさんざん事実をねじ曲げ、さらには今の地震災害報道のように無意味に不安と不信をを煽る報道姿勢こそ恐ろしいと思うのです。

 そもそも日本が体験した過去三度の戦争も、マスゴミがおおいに煽った結果でもある。

 20年前ならイザ知らず、今は、そしてこれからの世代はますますWebと空気や水のように接し、利用して行くに違いないし、そうでないと社会で生きていけない。
 そんな中で、いまだにWebの情報力を舐めてかかっている電波系テレビ報道。
 さらに、地デジ化というハード面まででっちあげてまでも、テレビ放送を歪めて独占しようとしている思い上がり。

 テレビもラジオも、どう見てもデジタル化は自分たちの版権を護るための武装であり、便利だとか綺麗だとかは単なる方便に過ぎないのはもう気づいた人も多いはず。
 録画した番組をダビングさせたくないがために考え出したデジタル化。
 しかもアナログテレビを廃棄させてまで新機種を買わせようと家電メーカーと結託した最低の計画は、想像した通り、不法投棄の山を築きつつあるようで。

 ───もちろん、もう手遅れですが。
 ただし。

 Appleが仕掛け、ワーナーが応え、さらに世界の映画会社も手を上げ始めたお蔭であらゆる映画をオンラインで手軽にレンタルできるようになりつつあります。
 そして世界のニュースさえも有志の字幕入りで動画サイトで無料で見聞きでき、テレビ最後の砦であるアニメでさえも、制作側はもう最初からDVDやグッズの販売によって利潤と経営を考え、テレビは単なるそのプロモーションに過ぎなくなりつつある事を鑑みれば、 はたして今後、電波放送のテレビに一体どんな魅力が残されるというのか。

 今回の報道のあり方を見て、国民が疑問を感じなければそれまででかも知れませんが、それもテレビで育った私の世代まで。
 生まれた時にテレビではなくパソコンが、さらに携帯電話とWebがあった世代にとっては、間違いなく電波放送など“あってもなくてもいいもの”である。

 もちろん水も空気も、無くてはならないものであると同時に、ひとつまちがえば生命を奪う物になることも知った上での話。

 私がこよなく愛したテレビ放送。震災当日、某NHK所員がustで報道を開放した事、それを特例とはいえNHKが認めた事自体がすでに黒船の到来、文明開化の始まりを予感させます。そんな風に、完全リセットされて根本的に生まれ変わらない限り、その終焉は近いと思う。
 いや、もしかしたらNHKの一部の人だけは解っていたからこその、BS3局の運営であり、教育テレビの変革であり、さらにはBSの統合なのかも知れません。

 ならば、滅ぶのは民放のみか。制作方針か企業ポリシーかは分かりませんが、横並び主義のウケ狙い至上主義を今すぐ方向転換しないかぎり、衰退の一途をたどるのは間違いない。

ふむ、なるほど、と思われたら▼▼ブチブチッとクリックお願いします。

にほんブログ村 アニメブログ 深夜アニメへ にほんブログ村 アニメブログへ
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

|

« 薫る梅の花こそ日本人のココロ。 | トップページ | 777,777Hit達成しました♪ »

◆ツッコミ一本槍☆←-o(`Д´)o-」カテゴリの記事

コメント

よろづ屋TOMさん、しっかり読ませていただきました。
その通りです。
テレビ大好きっ子の私ですが、民放は不安を煽るだけ、見ることが出来ません。
今はワーワー言ってる時じゃないと思う。
冷静な報道が出来なくては過去の誤りの繰り返し。

という私・・・ツイッターとか出来なくて、見れなくて。(´Д⊂グスン

投稿: りせ | 2011.03.15 14:33

私も今回Twitterについては驚かされましたね。
最近スマホにしたんですが、地震直後「地震・速報」で検索するとGoogleの検索結果表示画面に自動でスクロールする箇所が・・しかもその部分には生々しい地震の状況が次々と表示されていました。そう、Twitterです。ラジオもTVも震度とか震源地とかそんな起こった結果ばかり発表する中Twitterだけは「信号が消えた」「火事が出てる」とか、まさに現場レポートな内容でした。携帯とPCの融合が始まり、個人が情報端末を持つ事があたりまえになった時代に、Twitterはまさに最強のITかもしれませんね。
PS:職場で一緒だった「ざっきー」ですよ^^

投稿: ざっきー | 2011.03.16 08:02

りせさん、ざっきーさん、コメントがスパム扱いになってて気づかなくてごめんなさい。
アドレス欄や文内にU.R.L.入れるとそうなるんですよ。
ならアドレス欄を非表示にできるようにしてくれ等々、ココログにも再三文句言ってるんですが改善する気がないらしい。

てことで、

*りせさん
Twitterはブラウザーから見れますよ。このブログの左帯にある『よろづ屋TOMのTwitter』にもリンクしています。

*ざっきーさん
やっぱり貴方様でしたか!m(_"_)m いや、多分そーだと睨んでおりました。
ほんまにその節はお世話になりました。おかげ様でワタシ、こんなにWeb中毒に…イヤイヤハヤハヤ。ざっきーさん達と出逢ってなかったら今の私はないでしょう。感謝しております。

投稿: よろづ屋TOM | 2011.03.24 18:57

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 薫る梅の花こそ日本人のココロ。 | トップページ | 777,777Hit達成しました♪ »