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2010.07.27

思いやりと愛があるから『けいおん』の“笑い”はステキ。

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 14話からOP、ED共に変わりましたね。それにしてもコピー曲一切なし、全曲自前オリジナルでほとんど練習なしであの腕前とは、たしかに「わたしたちの方がスゴイよね!?」と唯に言わしめるだけの事はあります。
 
 今さらながら、『けいおん』は観ているだけでとにかく楽しい。気がつくと、始まりから終わりまで、ずーっとニコニコしている自分に気がつく。いわゆる、癒されるとか和むとか、型にはまった言い方などでは形容できない気持ちに満たされるのです。
 さあ、今回はたーっぷりの画像も含めますので、お話しもたーっぷりさせてくださいね。
 

 微笑ましい、といえばいいのか。とにかく、最初から最後まで笑いが絶えないんですが、この笑いの『質』に『けいおん』のヒミツがあるような気がしました。てことで、終始笑いの絶えなかった第14話からクドクドと検証などしてみましょう。

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 人生、笑いがないとやっとれません。いえ、新OPでのムギがこのあと何をしようとしてるのかは不明ですが。
 
 ATOKで『わらう』と打ち込み、変換するとふた通り出てきます。
『笑う』と、『嗤う』。
 昔の人はよぉしたもんで、ちゃんと使い分けられるように二種類の漢字を用意してはったんですな。
 もちろん、三省堂の国語辞典には、ふたつの文字のニュアンスまでは書かれてませんが、私が読んできた活字の上では、『嗤う』はけして良い印象では使われてない。
 イメージとしては、人を小馬鹿にしてヘラヘラ笑うような様子が浮かびます。
 “あざわらう”という言葉もある。漢字では『嘲笑う』つまり『嘲笑(ちょうしょう)』の動詞形で、ひと文字だと『嘲る』と書いて“あざける”と読むんですが、人をバカにしたり、さげすんだり、おとしめて笑う事を指す、とある。
 
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 近年、テレビのバラエティ番組を観ているとこの良くない方の『嗤い』ばっかりなような気がするんですよ。中堅どころの“お笑い芸人”と呼ばれる人が、後輩の同業者をいじめ貶(おとし)め、辱(はずかし)めて、それをみんなで観て手を叩いて喜ぶスタイルで。
 そしてまた、若手のそういう人は、そうされることで名を売ろうとする。
 ある日、私の若い若い友人がボソッと「今のタレントさんは、笑わせてるんじゃないんですよ。嗤われてるんです」と言った言葉が忘れられない。
 
 そもそも、笑いというのは物語やお芝居を創作する上でもっとも難しい部分とされていますよね。
 先に書いたように今のバラエティ番組の笑いは『嗤い』や『嘲笑』ですから、物語では悪役がやってのけるもので、本来は観客を笑わせるものとは真逆の事。
 
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 今では楽屋用語の『ボケ』と『ツッコミ』の意味を知らない人はいないでしょうが、本来はどちらがどちら、といった役割分担などではなかったんです。古い上方漫才を観ると、二人のどちらもボケるし、どちらもツッコみます。コンビそれぞれのキャラはしっかり立ってる上に、話の流れによってどちらがボケるか予測できないので面白さも倍増するというワケです。
 まさに『諸刃(もろは)の剣』式の笑わせ方。
 
 さて『けいおん』の場合がまさにこの『諸刃の剣式』なのですよ…と、また前置きが長くなりましたが。
 といっても、あらためてキャラクターを見廻してみますと───
 
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 なんとHTTメンバー5人のウチ、三人までがいわゆるボケ系なのはご存じの通り。しかし上記でご紹介した本来の上方漫才ように、専業ボケでないから素晴らしい。同時に残りの二人…つまり澪と梓も専業ツッコミでないことも皆さんの方がご存じの事。
 
 どうです?実例を挙げるとよぉくお分かりでしょう。
 
 この事が『けいおん』の笑いの奥深さを醸し出し、同時に彼女たちの生き生きとしたキャラクターが浮き彫りになっているんですね。
 またそのことが「こんな子、実際におるおる♪」と思わせる話のリアリティにも繋がってる。
 
 真面目な上に引っ込み思案な澪も、杓子定規で融通の利かない梓も、抜けてるところもあれば変なこだわりがあったりする。
 逆に天然系まっしぐらの唯は天然ゆえに、その純粋なものの見方に時にこちらまでハッとさせられ、超時限的にどこか世の中とずれている所のあるムギは、常に大局的にものを見抜き、やんちゃな律は照れ隠しと計算ずくでボケを演じているので、たまにメッキが剥がれる……という、なんとも芸の細かい設定なんですね。
 
 そしてこの五人に加えて、憂だの純だの和だの、さわ子先生だの、個性的でありながら無理のないキャラクターがワキを固めている。
 誰もがすごく『いい子』『いい人』なので、ある意味ウソくさいのかも知れませんが、そんな事がちっとも鼻につかない理由は、誰ひとりとして他者を『嗤う』ことがないからでしょう。
 また後述しますが、彼女らの関係には上下の意識がない。梓やさわ子に対してもそう。
 
 澪と梓が唯や律のダメっぷりをうるさく叱るのも、気に懸けてるから、心配してるから、というのは言わずもがなの事。梓などは4人の先輩が皆どっか変でも、尊敬すらしている。
 担任の“さわちゃん”にタメグチ(唯と律限定ですが)なのも、姉に対する甘えの態度のあらわれですね。
 新OPにも出てくるように『大好き』だから。あえてクサい言い方をするなら、愛してるから。
 
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 物語の初期、演奏も歌も無茶苦茶な時でも、「うわぁちゃああああ…」というシチュエーションこそあれ、誰ひとり本気で「下手くそ、辞めてしまえ!」的な言動は一度もなかった。
 律の場合は、作詞センスやらなにやらで澪を茶化す事は何度もありますが、そういう律自身が色々と無茶苦茶で、14話でムギが羨ましがったように、もともと澪に『叩いて(遊んで)』欲しくて挑発してるわけですから意味合いが違いますね。
 
 唯の破天荒で間抜けな行動には初回から何度も笑ってしまうんですが、彼女の行動はむしろ観ている我々にも経験のある事だったり、共感する部分が多いために生まれる笑いです。
 雨の日のビニール袋ガムテープ固めや、和(のどか)とのイチゴ騒動とか、とにかく気が多くて集中力の無さとか。どれもこれも、いわば観客の原体験に根ざした笑い。
 
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 ───なので、唯の友達もわれわれ観客も、唯が何かしでかしそうなシーンは、ワクワクすると同時に、えーかいな彼女、大丈夫かしら、と不安も伴いますよね?
 
 これ、チャップリンやジャッキー・チェンの芝居と同じで、パントマイム式による行動の意外性がもたらす笑いであると同時に、実は自虐の笑いでもある。
 本来の上方漫才や上方落語、新喜劇がそうで、演者自らがマヌケな事をしでかして笑いを取る。(上方喜劇の神様・藤山寛美氏は、“笑わせる”のやのうて、“笑ろてもらう”んや、と仰ってました)けれどその事は、実は観客自身の体験を裏打ちし映し出している鏡なので、その行動が大真面目であればある程、しくじった時「そうそう、そうなるよなあ」と同調して自分の過去を笑うんですね。
 
 江戸型は少し違って、マヌケな事をしでかす役割の演者より、一段上がった目線の別の演者が「お前さんはなんて馬鹿なんだろうねえ」と訳知り顔で批判するスタイル。そして観客はそちらの立場になって、表現は語弊があるかも知れませんが、いわば、一段見下げて他者を笑う…つまり『嗤う』ことになる。
 まあこれは江戸が縦型構造の侍社会で、大坂が横型構造の商人社会だったことと深い関係があるんですが、それはまた別な話。
 
 もちろん、主人公その人が毎回エライ目に遭う、という笑いの王道もありますが、その場合に主人公が虐げられる立場だと笑いはどうしても陰湿になる。反対にどこ吹く風とたくましく生きている場合は、笑いも明るく突き抜けてます。
 しかし昨今のアニメの笑いは江戸型が多く、主人公以外にどつかれ役みたいなキャラがいて、そいつがいつも痛い目をしたり損な役回りになってたりする。
 
『けいおん』の場合はそれがいない。これは実は大変な苦労だと思うのです。
 いえ、たしかに律は澪にほぼ毎回“どつかれて”ますけど、彼女の性格上、好きでそうしてるのであって、物語の神である作り手が『損な役回りのやられ運命キャラ』として設定したワケではありません。
 
 ◯◯は△△の役目だから…というオキマリのパターンを封じるのは、脚本を描く上ですごくしんどいはず。しかし同時に、話の展開の可能性は無限に拡がる。
 実際のバンドと同じで、ひとりひとりのキャラクターの役割はあるけど、絶対の決まり事ではない。3話で律が、16話でムギがギターに挑戦?したように、ときに気まぐれにポジションもスタンスも変化する。
 
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 14話で大活躍のムギがまさにそうで、もともと行動パターンの読みにくいところのある彼女が、独特の思考法にのっとって縦横無尽に活躍しまくるからこそ面白さも倍増する。
 ここでムギの目線を通じてある提言もなされてるんですね。
『なぜ律はボケ役でどつかれ役なのか?』そして澪はなぜいつも『どつき役』なのか。さらに、『バンド内、仲間内でのムギのスタンスの確認』。
 
 この最後のことは16話では梓の目線でも再確認してますよね。
 
 正直な話、たいていの場合のムギの行動も、その先々の流れもある程度は読める。いや、『けいおん』の場合はたいていの筋は読めるでしょう?なのに、やっぱり笑える。微笑ましい。
 読めないのはその演出方法。どこまでハジけるか、どこまでノって行くか。「まさか、そうくるか」と百戦錬磨の観客をしてそう思わせてしまう、味付けの見事さに毎回舌を巻く。
 
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 律の「…まわりにSPがいたりしないだろうな…?」というボケに対して
「そんなの、いないから!」と答えるムギの大まじめな態度こそ笑えます。
 
 これも今風に言えば一種の『ボケつぶし』な返しなんですが、同じ『ボケつぶし』でも、澪がムギに対してやってるのは澪ならではの鈍感さがもたらす“空気ヨメナイ”ゆえの事。
 また「あたしの事、叩いてほしいの!」はアニメ史的にも知られた名台詞「親父にもぶたれた事ないのに!」の真逆を行くという、一種のオマージュにもなってるのかも…というのは深読みしすぎでしょうか。
 
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 そして始まる、後半のムギのボケ滑りと澪のボケつぶし合戦…ではあるのですが、ムギ好きな私が見てても、14話は『ムギがどれだけ可愛く描けるか』のプロモーションビデオにさえ見えてくるほどに徹底しています。
 それは、けいおん一部シリーズでの澪の萌え扱い表現どころではない。
 さあ、ごろうじろ。ムギの大特集。
 
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 ───ご堪能、いただけましたでしょうか?
 
 やがて数々のバラバラに見えたエピソードは、14話最高最大の仕掛けに向けて次第次第に撚り上がってゆくわけで。あらためて見直すと、この辺の構成の組み立て方が実に見事。
 また、一歩引いて見てみると、メンバーの中で律だけが常に全員の反応や心情を冷静にモニターしている事も判ってきます。
 ラストのムギの台詞にも繋がりますが、リーダーの素養でもあり、空気を読む事で観客を意識することに長ける芸人、役者気質にも通じる。
 また、今回ずっと行動を共にしていた事もありますが、律も普段より数割増で可愛く描かれていた事にも注目したい。
 
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 最後の山場にはさらに畳みかけとして、主人公でもある唯がしっかりと押さえにかかる。この辺の役者(キャラクター)の当を得た使い方も見事。観ていて思わず「そう来るか!」と快笑。
 
 律曰く、まさに『天然物は鮮度が違う(名言)』。
 
 しかし、もしかしたら誰よりも澪の行動こそが最大最高の笑いをもたらすのかも知れません。
 私の友人にもひとり居ましたが、普段無口で普通なヤツほど、壊れた時やフトもらした言葉の面白さは核爆発級なんですよね。
 また、このカットに使われた『トンちゃん水槽』のポコポコ…のSEが、どんなオノマトペや音楽よりも効果的。
 
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 興味深いのは、14話前半の終了直前に描かれ、後半への布石となる、和(のどか)の意外なまでの感覚のズレ。
 
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 唯の少女趣味に対して単に大人感覚なのか、まるで幼い子供と母親のような縮図。これ、男の子と母親の場合も多々あるんですよ。もちろん苺ではなく、プラモデルを掃除の時に壊してしまった母親のリアクションとか。
 ある意味、この和の行動と唯の反応をどう思うかでその人の“ガキ度”が計れるかも。(ちなみに私なら苺は遠慮します。ソレが一番値段の高い部分と知ってるから。)
 
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 しかし、この時のムギの台詞は私には少し意外でした。
 
「律っちゃんが男の子だったら」の後、流れ的には「私、恋しちゃうかも♪」という選択肢もあったはず。どうもあえて脚本側でそれを避けたような気がしてなりませんが、これも深読みしすぎでしょうかね。

 ところで、前の原作本見返しからの夢ネタの続きのシュールさは『もののけ姫』をパロったもんなのでしょうか?
 
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 音響効果とか使わずに、溶けてゆくムギのスローモーな声を演じた琴吹…いや、寿 美菜子さんの名演技に拍手♪
 そして、あの「あイタぁああ…!」は本当に見事でした。ひと声ですべてを物語った、値千金のひと言でした。
 
 ああ、今回も楽しかった。ありがたい、ありがたい。
 

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コメント

いやー、むぎちゃんのポジションの変化によって奥行きがでてきましたよね。それは他の四人やクラスメイトをだしたことからも言えますが、個々人立ち位置の変化が見やすくなっているのも京アニからの愛情を感じます。ここまで可愛さに胡散臭さが感じないのも本当にすごいです。
遅くなってしまいましたが、こちらのブログにリンク貼らせていただきました。よろしくお願いします。

投稿: 湯ノ浦ユウ | 2010.08.10 20:57

湯ノ浦ユウさん、いらっしゃいませ&リンクありがとうございます!
こーんなクドクドした文章のブログ、気に入ってくださって恐縮です。
もーちょっとアッサリせんとイカンとは思ってるんですが、つい。

ところですみません、記事内にU.R.L.入れるとスパム扱いになって判定待ちフォルダに入ってしまうんです。コメント返しや公開が遅れたらごめんなさい。

投稿: よろづ屋TOM | 2010.08.11 00:12

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