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2010.04.29

歴史ブームですが (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 歴史ブームですが
「あなたの好きな戦国大名は誰ですか?」

 ( ̄ロ ̄lll) えー。もぉブームは去ったでしょ。今あるのは継続的な昔からの人気ちうもんやよ。
 けど私ゃ昔から信長様。この人こそがイノベーター。この人がおらんかったら戦国終わってないし、終わっててもすぐ戦国に戻ったやろし。

 てことでウチの《戦国武将占い〜TOM長の無謀〜》もまた、よろしうに。
 
 あ。信長様と言えば。
 


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「ついてまいります、御大将!!」っっちゅう感じで、木下藤吉郎が必死に信長の馬の後を追っかけて走るシーンが思い浮かぶんですよねー。
 最近はちょっと開いてますけど、私が子供の頃はいろんな人が『太閤記』やってましてね。
 ちょっと思い出しただけでも秀吉が主役の場合はNHKの大河では緒形拳さん、民放でもなべおさみさんだの、柴田恭平さんも演じたかな?

 秀吉がワキに廻った場合なんかはもぉ枚挙にいとまがないですわね。

 しかし私が一番印象に残ってるのは、武田鉄矢さんバージョン。つまりNHK大河『徳川家康』で、役所広司さんが信長役だったときのこと。
 なんせね、あーゆー役者さんでしょ。必死さというか、ほんまに、その時その時に一所懸命に働いたから出世した…というのが一番にじみ出ていた。

 信長という人は文字通りの天才で、しかも多芸多才な上に視野が広くて洞察力に優れたタイプの天才やったみたいやから、秀吉にせよ光秀にせよ、ホンキで働いてるのか見せかけで働いてるのかとか、全部分かった上で使ってたように思うんですな。
 いわゆる、清濁併せ呑むという考え方。松永弾正でもそうで、裏切りデフォルトで扱ってたらしい。そしたら光秀の謀反も見抜けたはず、と言われそうですが、信長が愛唱したと言われる『敦盛』やないけど、♪人間五十年、下天のうちをくらぶれば…♪……そら、50年も生きとったら見抜けん事、見損なう事、ミスもありますわいな。

 実際、彼の人生ではなんべんも失敗してはギリギリのところで生き延びたわけで、むしろよぉあんな所まで無事に生き延びたと、自分でも思てはったはずですよ。

 いま、マスゴミとNHK広報部に乗せられて『龍馬ブーム』を演出されてますし、政治屋でもなんかチョーシに乗って「平成の龍馬として…」みたいな恥ずかしい事ゆーてるおっさんとかねおりますけどね。
 私はむしろ信長公みたいに、アホな事ゆーとるゴミ勢力やら役に立たん、まして無駄になってる組織なら全廃一掃してしまうほどのカリスマ性を期待したいくらい。
 横暴や〜ちうことになるんかもしれませんが、まあ、この時代ですから独裁者にはなりようがないし。

 しかし、たしかに「ケンカはつまらんぜよ、みんなが笑わないかんちゃ」ともうひとつの合理主義もまた、期待したいのもたしかですが。


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コメント

信長さんがあのまま生きて天下をとっていたら
もう今の日本は全然違う日本になってたでしょうね〜
考えたら怖いような面白いような
想像もできないですけど、きっと違う日本が出来上がってたんだろうなぁ
でも、あの時、光秀が討ってなかったら
秀吉か家康が討ってたんじゃないかなぁ
なんていう気がします。

私は特に贔屓があるわけでもないけれど
武将の中では上杉謙信と大谷吉継がお気に入り(o‘∀‘o)

投稿: ビタミン店長 | 2010.04.30 21:27

「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」と言えるほどの、これはもう技量とも呼ぶべきものを持ったおひとは、今の政界にはいませんなあ。私も、信長にはどこか惹かれるものを感じます。

 秀吉はやっぱり天下を取ってからが悪い。対・利休にしても、対・朝鮮にしても。権力を持ったとたん、魅力がなくなった見本のようなひとに思えてしようがありません。

 家康はようわかりませんわ。時機を見るのが巧かったのでしょうけれど。このひとの若い時って、どんな感じだったんでしょう。でっぷり肥ったタヌキ親父のイメージばかりにとらわれるう。

投稿: 猫式部 | 2010.04.30 21:58

*店長さん、毎度です!
もちろんね、彼がほんまはどんな人やったのか、は古文書を読む事さえできない私には、そこから物語を読み取って描いた人たちの作品から二次的に類推するしかないんですが、秀吉や家康に対しては油断しなかったと思うんですよね。

小説で知ることのできる人物像からでも、二人には隙を見せられないってのは我々みたいなシロウトでも思うじゃないですか。でも、いまだに光秀の謀反には謎があるように、彼の場合は信長にとっても意外やった。そういうことですよね。

謙信と吉継!いずれも潔さと男気の武将ですね!わっかります!! ただまあ、惚れてしまってついていった分には仕方ありませんが、生活にキュウキュウとしてたり上を目指したい部下にしてみたら難儀な上司ですけどねえ。
 
 
 
*猫式部さん、毎度です!
ホトトギスのネタは架空なんですが、うまいことゆーたなーてのはありますね。
ただ、誤解も呼ぶ解釈でもあるなと。単に苛烈なだけの独裁者やったら後世にもおりましたからね。そう、秀吉は我執が強すぎた。強かったから出世し、強すぎたから豊臣になって裏目に出た。スケールや目的は違ってますが、三国志の三王もそんな感じですね。

司馬先生も書かれてますが、秀吉は信長のやりかたをアレンジしつつ真似してただけ。だからそれ以上のレベルの事をしなければならない時にはどうしていいか解らなくて迷走した。
家康はどこまでいっても“百姓のオヤジ”なんだそうです。粘り強く待ち、多くを望まず、決めた事は絶対に逸脱しない───まさに、官僚主義そのものじゃないですか。
彼の場合は強運が味方して、そんな個性がうまくその時々に適合したんです。いや、適合するまで“しんぼう、がまん”で待ったから成功したんでしょうね。
ただ、彼がいなかったら戦国以降の日本の安定もなかったでしょう。本人が本当にそう言ったかどうかは分かりませんが、「信長、秀吉、家康は三人で一人だった」という意見には賛成したいですね。

投稿: よろづ屋TOM | 2010.05.01 10:29

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