『井上雄彦 最後のマンガ展』大阪版で泣く。
行って良かった、なんて普通のレベルの展覧会じゃなかったんです。
私は過去、展覧会はもちろん人の絵で感動したことはあっても、涙が流れて仕方ないなんて体験、したことありませんでした。
『バガボンド』の作品同様、これは私が観るべくして観る運命だった…いや、観なければいけなかったから行けるように…と、天がそう仕向けてくれたのだと確信しました。
アホなこというなと苦笑されるかも知れませんが、ヒトの生き方を左右するものとの出逢いってそんなものだと思うんです。
見終わってのちの強い印象は、『もう一度、いや、何度でも、それどころかずっと観ていたい』。
きっと上野やら九州やら、ほかでの開催地で感銘を受けた人の共通する気持ちではないでしょうか。まして、今回ラストとなるといわれている、天保山サントリーミュージアムは近々姿を消すのです。
よくは知りませんが、経営的なことでサントリーが手を引くからだとか。
だけどこの“作品”は、どこでもいいから常設展示にすべきです。
ひとりでも、一度でも多くの人の眼に触れないといけない。
もちろん、バガボンドはもちろんのこと、吉川英治原作の宮本武蔵を知らなければおそらくはほとんど意味を成しません。それだけは仕方ないことです。
しかし、絵に込められた何かとてつもないエネルギーとほとばしる魂の奔流だけは、観る人の心を掴まずには納まらない。
そしてバガボンドを読んだことない人は、きっと読んでみたいと思わずにいられないはず。
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そんな『井上雄彦 最後のマンガ展』、いったいどんなものかというのを簡単に端折ると、大阪展の場合はミュージアム2フロアを使って、一本の作品を立体的に配置・演出展示することで、いわばマンガの空間そのものに観客をいざなってしまうという、一種の疑似3D…いや、それも違うな。
2Dなのに、読み手が身体を動かせて移動することではじめてコマが、ページが進む、能動的な映像芸術…というべきか。
そしてマンガの最大のカセである、コマの大きさ、紙やページサイズの制限をとっぱらい、本来ならどこででも好き勝手な環境や状態で読み手が選べる筈のマンガを、あえて描き手の側で設定し、印刷の限界に縛られない生原稿をじかに観てもらうことで、従来では絶対にできなかった表現をその可能性ごと無限大に拡げることを試したもの───
そんなふうに私は受け取りました。
私はまだ一度も3D映画を体験していませんが、この『井上雄彦 最後のマンガ展』で体感する『空間マンガ』はそれに匹敵する精神的衝撃体験を味合わせてくれるものです。
正直、少年ジャンプの作品傾向が苦手な私は、彼の他の作品はまったく読んでいません。
しかしなんども『バガボンド』に関して記事も書いている私です。興味がないはずがない。でもいろんな条件の関係で、どうせ行けないだろうと思っていたから、どんなことをやっているのかの情報も一切、知ろうとしなかった。
だから突然、行けるとなっても、それならそれであまり期待しないでおこうと思って、これも何も観ないで出掛けました。
まさか、こういう形の展示があったなんて。
『空間マンガ』というキーワードはどこかでちらっと耳にはしていました。しかし、実際に体感したら言い表すべき言葉が出ない。
演出、という表現があります。
観客に少しでも作家の意図を伝えるためにその手法を計画・計算し、仕掛けを工夫することですが、つきつめればそれはさまざまな形で人間の心理作用を応用して感動させたり誘導すること。
ある意味それはかなり傲慢なこと。いわば、感性の押しつけかもしれない。
つねづね私は、マンガというものは最低の出資、最悪の環境でも楽しめる最高のエンターテインメントだと考えています。
場合によっては無料で、自室は勿論、風呂でもトイレでも電車の中でも安全さえ確保できるなら文字通りどこでも読めて、しかもそこには小説では考えられないほどの情報が込められている上に、音声こそないけど、何の再生装置も電源も不要なのに映画と同じ感動が得られる。
でも、描き手はできるならちゃんとした環境できちんと読んで欲しい。
それが叶うとしたら、まさにこの『空間マンガ』こそがそれの具現化だと言えます。
映画もお芝居も、上演環境どころか、座る席の位置が違っても印象が変わる。だからといって、そんなに簡単に席の位置までは自由に選べない。
しかも芝居だと上演回ごとに内容は微妙に異なる。
もちろん、こうした試みがどれほど大変で、血が滲むどころか生命を賭けるほどの大仕事だということは、図録であり記録としても会場で売られていた『いのうえの』満月編に書かれるまでもなく、想像に難くありません。
会場に入るなり出迎えてくれる巨大な武蔵の絵。この絵、どうやら大阪展のために新たに描き加えられた作品らしい。
エレベーターを降り、足を踏み入れた最初の導入部にある、気をつけていなければ単なる壁紙とみまがうような左右数メートルに及ぶ水墨画になぜか私は惹かれたんです。
商売柄、あまりに美しい墨色の再現度に、印刷にしては美しいな、と思わず鼻の先まで近づいて見つめていると、係の女性から直筆なので触れないようにと聴かされた時の衝撃。
一緒のエレベーターから降りた他の人は誰も気づいていない。だって、まだ展示物のある場所じゃないんです。そこは。普通の展示会なら、絶対に単なる拡大プリントの壁紙で済ませる場所です。
直筆?プリント?と疑った最大の理由は、活字があったから。見終わるまでに答えの予測は付き、それが正しかったことは図録で判明しましたが、その文字を入れた人の緊張はいかばかりだったかと同乗すら感じてしまうほどに、一枚一枚の絵に凄みがある。
その直後の、おそらくは岡山県美作(みまさか)とおぼしき巨大な風景画にすでに釘付けでした。これが漫画家の絵?違う。いままでいろんな原画を見てきたけど、これはマンガの原画なんてレベルではない。
さらに展示された絵以外にも、壁に直接描かれたラクガキのような蝶々やトビの姿。
それらすべて、描いたものを運んできただけでなく、実際に大阪の会場を訪れ、井上雄彦氏が同じ場所に立って、少しでも完成度を高めるべく筆をふるってひとつひとつ描いたものだと思うだけでも、そのエネルギーと細やかな心遣いに胸が熱くならずにいられない。
そして現れる、真っ正面に現れる武蔵の立像。
武蔵の物語を知っていたら、ひとめで『二天一流』の単語が浮かぶ、二刀を手にした独特の構図。
その隙だらけのようで隙のない、そして構えであって構えでない、だけど前に立つ者を萎縮させてしまう、まるで自然と一体化したかのような姿。
去りがたい気持ちを抑えて次のパネルに移ると、そこに現れた、60歳を迎え、死を目前にした武蔵のアップ。
そこで私は初めて知ったんです。この展示会は単なる作品の陳列などではなく、この空間全部を使って最後の武蔵の姿を描く、ひとつの物語だったことを。
そのテーマは、武蔵最後の一日の出来事。
映像になったものとしては、かつて萬屋錦之介さんが演じた、『それからの武蔵』くらいでしょうか。武蔵がこの世を去る時のシーンまで描いたものは。
NHK時代劇『宮本武蔵』で役所広司さんが演じられた時、第一回の冒頭で『五輪書(ごりんのしょ)』になぞらえてのプロローグで彼が老けメイク、逆光で登場したときを思わずにいられない。
大きく違うのは、役所さんの武蔵の最大の特徴だった、らんらんと光る眼とは対照的に、静かな、まるで山奥の湖水を見ているような印象の眼に驚くと同時に、ああ、バガボンドでの井上版武蔵が60歳になったら確かにこうやな、と思ったら、初めて見る武蔵の絵なのに、むしろ懐かしさでグッときてしまって。
後に続く絵の一枚、ひとコマとして感動しないものはありませんでした。
むろんそれは、私にとっては宮本武蔵というキャラクターのお話であるからという意味は大きい。
だけど、戦国小説に生きる登場人物たちの生き様、死に様と同じで、ひとりの作家が生命を注ぎ込んで生み出し、やがてひとりで歩き出した登場人物の生き死には必ず我々の心を動かさずにはいられないと思うのです。
創作の可能性というか、人が生み出すものはいったい、どこまで突き抜けてゆくんだろうと感動せずにいられない。展覧会でナイトスクープの西田敏之局長みたいにハナすすって泣いたのなんて、生まれて初めてです。
日本人でよかったなあ。マンガに触れててよかったなあ。
できるなら、もういちど行きたい。そう思った展覧会も初めてでした。
せめて、この脳裏に焼き付けた感動を何度も思い出すカギが欲しいと思ったので、当初あることは知ってたけど、¥4,500とかなり高額だから絶対買うことはないと思っていた公式図録ともいうべき『いのうえの』の『満月版』をためらいもせずに買いました。
そして、階段にドカンと貼って自己啓発したくて、入り口にあった巨大な絵の家庭用レプリカともいえるA1サイズのポスター。いま、自室への階段で睨み効かせてます。
あと、なぜか今回の一連の中に登場しなかった、沢庵坊の絵はがきとデフォルメピンバッジも購入。
丸一日以上経っても、興奮が冷めやりません。
関係者さま、日本のどこでもいい。どうか常設展示にする方向で。
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コメント
めちゃめちゃ観たくなりました(゚゚)!
ちなみにバカボンド読んだことないです、
なんとなくリアルタッチな漫画避けていました。
でも空間マンガというの一度体感してみたいです(゚ω゚)☆
山口の近くにも来ないかなぁ…。
投稿: いくにゃー。 | 2010.02.09 20:28
おお、いくにゃーさん、いらっしゃい。
うん。これはバガボンドを読んでいてもいなくても、絶対になんらかの得るものがある作品展です。
私は時間を経るごとに、もう一度いくつもりの気持ちがどんどん膨らんできている状態です。
山口から新幹線乗って…は大変かも知れませんが、それだけの値打ちはあります。事実、今回も関東や他の地方からこられてる方も多いし、また上野で観た人がもう一度…という方もおられるようですよ。
投稿: よろづ屋TOM | 2010.02.09 22:47
私も最後のマンガ展に行きました!! 感動しました!!
どうしたらそんなに素晴らしい文章が書けるのですか? 自分は今、就職活動真っ只中で自分の文章力の無さに落ち込んでいます 何かコツがあれば教えて頂ければ幸いです。
投稿: maki | 2014.03.09 17:28
makiさま、いらっしゃいませ&はじめまして。
懐かしい記事へのコメント、また過分なお褒め恐縮です。
文章の良し悪しはともかく、私は常に勢いで文章を書くだけ書いて、いったん頭を冷やしてから「どうすればこちらの意図することが相手にストレートに伝わるか」という視点で何度も何度も読み返しては、順序を入れ換えたり他の単語に言い換えたりしながら、人様に読んで戴いた時のリズムなども考えてリリースするようにはしています。
参考にはならないでしょうが、何かのお役に立てば幸いです。
でも小手先の技術よりも、むしろストレートで元気イッパイでガンガン押しまくってくる熱意あふれる文章の方が、採用担当に響くのではないかと考えます。
就活、がんばってください <( _"_ )>
投稿: よろづ屋TOM | 2014.03.11 10:21