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2009.08.12

今こそガンダムと戦争を考えよう:番外 〜戦争映画〜

Yologawan シリーズ最後の今回は戦争映画のお話をさせてください。
 ガンダムとは直接関係ありませんので『番外』扱いです。もちろん、ぜひご覧戴きたいオススメ映画です。しかしそれをホンキで解説してるとどうしても口調が変わってしまいます。
 お前、ふざけてるだろう、とお叱りを受けそうですが大まじめです。なにせホームページの時代から数えると、まる8年もあの調子でやってるので…どうかお許しください。

 と、いうわけで───
 

 さあ、前置きが長くなりましたが。来る8月14日(金)の午後9:00〜午後23:13にかけて、NHKハイビジョンで『ビルマの竪琴』がありますね。
 一度この作品に関しては『よろ川長TOMのオススメ座CINEMA』でご紹介していますが、やっぱり少しでも多くの方にご覧戴きたいから、こちらでもお話しさせてくださいね。

ビルマの竪琴

『ビルマの竪琴』は昨年亡くなった市川崑監督が1956年と85年の二度にわたって作られた名作であり、私が最も好きな邦画です。
 舞台は太平洋戦争も終わりまであとひと月の、昭和20年7月。もう、今から64年も前の話。
 歴史を知ってる幸福な私らは日付を見たら「ああ、あとひと月で」なんて呑気な事を言えますが、当時日本国内の一般人はもちろん、戦地にいた人はいつ果てるとも解らない戦いの日々です。

 ビルマに限らず、南方戦線はとくに陸軍兵士たちが苦戦し無駄死にさせられたんですよ。
 いまちょうど『天地人』で朝鮮出兵が始まりましたよね。あれ、始めは調子よく攻めてゆくんですが、途中から補給やら思惑違いやらで苦戦に変わり、じきに敗退しはじめるのね。
 でも負けてますなんて自分に不利な事は報告してこないから、秀吉は負けまくってる事を聴かされないままでどんどん泥沼になってゆく。
 現地の兵士達は日本へ帰りたくても船がない。ピストン輸送してたものだから日本へ帰ってしまってる。しかも補給関係はなにもかも石田三成とかの官僚たちが仕切ってるから自由にできない。

 この南方戦線がそれに近いのね。ちょっと違うのは、日本国内にいた大本営…つまり政府と司令部は負けまくってることを知ってたけど、知らされてなかったのが兵士と国民と天皇陛下だったこと。
 そんな絶望的な中でも、とにかく兵士たちは今を生きるために知恵を絞らざるを得ない。
 補給がないから食べる物がない。水がない。ジャングルで生き物を捕らえても、焼いて食べるには火をおこさなければならない。そうしたら敵に見つかる。だけど生で食べたら食中毒で死ぬ。
 まだマシなのが草や根っこ。でもそれもどんな毒があるか判らない。

 ガダルカナル島では極限に達して、とうとう人肉まで食べざるを得ない状態になったと伝えられます。
 そうした絶望的な状況を描いたのが同じ市川崑監督の『野火(のび)』。ショッキングな内容ですが一度はご覧になって戴きたい。
 前半では絶望的な状況下でケンカとかしてた兵士達も、後半はもうクチひとつききませんね。土砂降りの中、ぬかるみの中、ぞーろぞろ、ぞーろぞろ、幽鬼みたいに歩いて行く。そのうち誰かがバタッと倒れる。誰も助け起こさない。
 ようやくひとりがその兵士の側にしゃがみ込んだ。助けるのかと思えば、その兵士の靴を脱がせて、自分の底が抜けてボロボロになった靴と交換する。でも交換したその靴もたいして変わらない。でも、表情変えずにまたゆらりと立ち上がってぞーろぞろ、ぞーろぞろ、歩いて行ってしまう。怖い、怖いシーンです。
 私も一度しか観ていませんが、いまだにそのシーンが忘れられません。

 アメリカ側から描いた戦争映画はどんなに残酷でエグくても、そういう怖さはない。みんなちゃんと食べて、ちゃんと眠って、こんな言い方したらいけないかも知れないけど、“健康的に”戦争してる。
『プライベート・ライアン』は私が唯一、戦慄を覚えたハリウッドの戦争映画。ご覧になった人は、あまりにもリアルなノルマンディ上陸作戦の戦場を描いた冒頭の30分で気分が悪くなって、席を立った人が続出したというエピソードもご記憶でしょう。
 最新の音響効果も手伝って、銃弾が飛び交い間近をかすめる音におもわず首をスッ込めてしまうほど。
 なによりも人がちゃんと死んで行くね。どんどん、どんどん、死んで行くところを描いたね。
 同じDデイを描いた『史上最大の作戦』もすごかったけど、やはりバーン、撃たれた。ウワーッと倒れる、倒れる、ドカーン、爆発した。人がばたばた…。これはウソですね。お芝居としてもカッコ良すぎますね。
 生き残った人の証言を読むと、銃弾が当たっただけで人の身体は千切れ飛ぶんです。威力がある機関銃だから。まして砲弾となったら何も残らない。まるで生卵ぶつけたみたいにたちまち一面に肉片となって飛び散り、土と混ざって消える。小さな破片は熱で焦げて燃えてしまう。
 流れ出た血で土がぬかるみになる。人の身体は血の詰まった袋と同じだそう。

 地獄です。ほんとうの地獄。

 後半はウソみたいにそれまでの普通の戦争映画みたいになってしまうので説得力が薄れてしまうんですけど、ああいうシーンをこしらえたというのはそれだけでも大進歩。
 ベトナム戦争を扱った『ハンバーガー・ヒル』 『プラトーン』 にも多少近い物がありましたが、あれほど無茶苦茶な突撃戦は描いてない。

 むしろ戦場のリアリズムでは韓国の戦争映画が一番でしょう。
 アメリカって本土では一度も戦争してませんが、韓国は半島全土で血みどろになった朝鮮戦争以来50年間、ずっと臨戦態勢。そうした記憶を薄れさせない、常に覚悟をしているという緊張感が心の根底にあるからでしょうか。
 たいていの戦争映画の戦闘シーンが先のプライベート・ライアンの冒頭と同クラスのリアルさなのには毎回驚かされますし、なによりも若い役者でさえ眼の光が違うんです。日本の俳優とは。
 もちろん戦後まもなくの日本映画はそうでした。誰もが戦争体験者でしたから。そういう意味では、『ビルマの竪琴』を旧作と見比べてみるとよく解ります。新作の方も素晴らしいけれど、やはり役者さんの動作一つ一つが違います。
 奇妙な話ですが、当時もっとも新人の中井貴一氏が一番昔の役者さんの演技に近いんですよ。


 さて戦場の恐ろしさもさることながら、やはり戦うことすら叶わずにただ殺されて行くばかりなのが一般国民です。同じ8月14日(金)には金曜ロードショーで『火垂るの墓』があります。
 もうこれは私は耐えられないので一度きりしか観てません。あのラストの舞台となる元町あたりの高架下、私が今もよく行く場所だし、ふたりが水浴びしたりするあたりは母が同じように遊んだはずの場所だから。

 死んでしまう人も哀れですが、やっとの思いで生き残った人も哀れなんだと思い知らされるのが『父と暮らせば』。これも詳しく記事にしていますのでお話は割愛しますけど、先の『ビルマの竪琴』とこの作品には共通項があります。
 主人公がいずれも『自分だけ幸福になるわけにはいかない』という強い強い気持ちを抱いているという事なのです。この気持ちは本当に大勢の人と生死を分かったことのない私などには到底理解できませんでした。

 せっかく助かったのに。

 助かったからには、亡くなった人の分まで幸福にならなければダメですよ。
 そんなことは脚本上の、作ったお話の綺麗事なんですね。広島、長崎で被爆しながらも生き残られた方の耳には今もその時の「助けて」「苦しい」「死にたくない」の無数の声が聴こえるそうです。
 想像できますか。そんな生き地獄が。

 少しずつと思っても長くなってしまいますね。最後に『ホテル ハイビスカス』
 ご覧になってない方は、この映画のどこが戦争に関する映画なんだろう、とお思いかも知れませんね。沖縄の一家族のひと夏の物語を、元気いっぱいの少女・ミエコの行動を通して沖縄独特の空気感で綴った、素敵な素敵な家族愛の映画です。

 その中で主人公のミエコがお盆の夜、突然気を失ったまま起きなくなるエピソードがあるのです。
 それを見たお婆さんが「マブヤー(魂)を失った。マブヤーを呼び戻さないといけない」と大騒ぎに。ミエコの魂はほんとうにさまよい出てました。しかしミエコが路地やらよその家の間をうろうろ迷子になってるところを、自分と同い年くらいの女の子が助けて家まで導いてくれます。
 おかげでミエコは目が醒めた。魂が戻ったので無事に生き返るんですね。
 その女の子、実は沖縄戦で死んでしまった───いえ、言葉を飾るのはやめましょう。幼いままで殺されてしまったミエコのおばさんだった。

 2002年のこの映画、92分の中に、嬉しいこと、難しいこと、哀しいこと、がんばってること、楽しいこと。沖縄がぜんぶ詰まってる。その中のひとつがこのお話。

 戦争を描くということは、人の無駄死にを描くということだと私は考えています。
 勇敢に戦って爆死しても、戦場で病死しても、敵に攻められて自分の街で家で殺されても無駄死に。だって、戦争なんかで死ぬ必要なんて誰にもないんですから。
 そしてみな、朽ちて生ゴミになってしまう。
 
 そしてそうなった元々は、みな父母のもとでオギャアと生まれてニコニコと育ち、泣いて笑って怒って喜んで生きてきた『人間』だったもの。そのひとつの歴史がフツッと終わる。
 あっちでも、こっちでも、そんな人生が花火が散るように終わってゆく。そして『◯◯方面、◯◯人損失』で片付いてしまう。
 第一次大戦を描いた古い映画ですが、『西部戦線異状なし』はそういうことをテーマに描いた作品。映画でなくても文庫本なら手に入りますからお読みください。

 戦争を描いた映画はみな哀しく、つらい。なぜなら無意味な死だから。いくら意味づけしようとも、本人が死んでしまったらオシマイ。泣かせよう泣かせようと作ったお涙頂戴の映画とは哀しさの質が違うのね。
 でも知らないで済むことと、知っておかねばならないことは別です。
 ほんとは何年何月何日なんて日付はどうでもいいの。歴史は人が命で綴った記録だから、大切なのは日付や事件の名前の箇条書きじゃなくて、どういう人がどんな理由で何をしたか、されたか。どうしてそうなったのか。
 映画なら、それをちゃんとお話にして教えてくれます。全部が全部正しく描いてあるとはいいませんが、どっかの偉いさんたちの思惑でどうにかなっちゃってるらしい教科書に並んだ数行の文字と年号だけ睨んで暗記するよりは遥かにマシ。

 暗記しても意味はありません。データなんてウィキでもGoogleでも使えばすぐわかることだって、今の人はみなよーく解ってますよね。
 なにに関してもちゃんと観て、ちゃんと考えることこそが大切ですね。

 今回のこの記事もシリーズも、長々とおつきあい、最後までありがとうございました。


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コメント

ガンダムはくわしくないけど
戦争映画なら・・・!
と思って参戦しようとしたが
フルメタル・ジャケットはなかった!!

戦争死って考えさせられますよね・・・

投稿: 些細ツナ | 2009.08.12 20:15

ツナさん、いらっしゃい。
わあ、せっかくカキコしてくださる気持ちで来てくださったのに、ごめんね。ベトナム戦争系はほとんど観てないんです。
『地獄の黙示録』観た印象が悪すぎたのね。あれ、有名だけどちっとも良くない。感動もなかったのに値段は普通の映画より高かったの。喰わずの好き嫌いしてはいけないんですが、ベトナム戦争の映画と聴くとああいう雰囲気を思い出してしまう。

私映画は好きですが先立つモンがないのは今も昔も同じ。だから観ないジャンルはほんとうに観てないんですよねー。

投稿: よろづ屋TOM | 2009.08.12 20:35

数年前に第二次大戦中の日本を描いた古い映画を見たいと思ったのに、うっかり1983年作の「海ゆかば」なんか借りてしまい残念気分だったことが。。
やはり戦後により近い年代で作られた映画と、近代になってからのものでは俳優、スタッフが「戦争により近い世代か」というのは大きいです。 「男たちのYAMATO」は観たんですが、服装や身なりが妙にきちんとしていてリアリティがない。 これから作られる日本の戦時中を描くものは「時代劇」としか観られないんじゃないかと。
CGなんかなくて、映像加工が稚拙だった昭和20〜40年代くらいの方が、画面から「戦争」の片鱗が感じられる気がして。。


オススメの中からいくつか観てみようと思います。(ゲオで100円レンタルやってるうちに〜(笑))

投稿: SAK | 2009.08.13 00:15

SAKさん、いらっしゃいませ〜
テレビでですが私も『男たちのYAMATO』やその前後に作られた映画観ました。が、可笑しいんですよ。人が死ぬシーンなのに。
ほんとにチャンバラ、プロレスというか、殺陣のアクションなんですね。
韓国映画はすごいですよ。ホントに俳優が死んでるのではないかと真剣に心配になります。(逆にそれはそれで醒めてしまうんですが)
転がってるのもふっとぶのも、死体の描写が本物にしか見えません。
日本のはどうみても絵の具ですが、韓国映画では出血する部位の違いや時間経過による血の色にまでこだわってますから。

別にリアリズムが全てだなんて思いませんが、“戦争は悲惨なものだ”と言いたいにしては今の邦画は余計な部分で演出過剰な上に芝居が臭くて下手すぎるのね。
そのくせミリタリーマニアではないけど、日本軍ほどお行儀と規律にウルサイ軍隊はないのに、敬礼の仕方さえちゃんとできてないの。役者も監督も全然勉強してないのが丸わかり。

ところで貴一ちゃんのデビューは『連合艦隊』だったんですが、あの中で最も若いはずの彼が一番兵隊らしい眼、そしてちゃんとした敬礼ができていたんですよ。きっとちゃんと勉強してたんでしょうね。
だからその直後に『ビルマの竪琴』の主役に大抜擢されたんだと思うのです。
旧版よりは兵隊たちがユルいですが、肝心なところはさすが市川崑監督なのでショッキングなほどリアルです。
ぜひ、ご覧になってくださいね。

投稿: よろづ屋TOM | 2009.08.13 02:33

リアルな戦場ほど残酷で哀しいものです。
戦場での仲間の死。だけどそれが仲間かも分からないほどのあり様に。
そんなの沖縄じゃ日常茶飯事だったようです。
よく手投げ弾で殺される人っているじゃないですか。
その時にふっ飛ばされるけど、そんなの有り得ないんです。
ボン!の後に近くに居た人は足元から崩れるように倒れ、
前を向いたら顔も判別できず、体は裂け内臓も血肉の塊になっちゃうんです。
戦争映画は何本か見てきますが、今の邦画よりも昔の邦画の方が、
映像は古くても中身が現実を映してます。
だって監督さんは戦争を経験しているんですからね

投稿: hiro1468 | 2009.08.13 21:14

hiroさん、いらっしゃいませ。
沖縄だけじゃないんですよ。敵兵こそ走り回ってないけど、日本の大都市のほとんどはB29の絨毯爆撃で大勢亡くなってることはご存じの通り。

戦場だと敵との戦いようもありますが、爆撃は敵の姿すら見えません。一方的な虐殺行為です。
私の母の実家は焼夷弾で燃え、数軒隣の家のあった場所は大きな穴が空いていて、通学路には真っ黒な消し炭の死骸がころがってたそうです。『火垂るの墓』の舞台でもある、兵庫県東灘あたりでのことです。

同じ事はロンドンでもベルリンでもあったわけです。だから日本と欧州は国民レベルで戦争の悲惨さを遺伝子に刻み込みました。
いっぽう、兵役に行った本人は別ですが、一般市民が戦争を体験せずにいた土地の人はどうしても感覚が異なるようです。
ですから当時の人でも(もちろん役者や監督でも)戦争の実体験者と“戦時中”体験者に分かれるのも事実だと言うことは知っておいた方が良いと思います。

戦前戦中派と呼ばれる世代でも、いまだに戦争したがる人は後者が多いのではないでしょうか?まして政治屋をかいわんや、です。

投稿: よろづ屋TOM | 2009.08.14 23:22

『火垂るの墓』、またテレビでやっていましたね。
・・・ほとんど、毎年か、隔年くらいで放送されますが、長らくず~っとスルーしていました。
 
というのも、『となりのトトロ』と一緒に公開された当時に『火垂るの墓』を私は見て、「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」でした。
 
以降20年近くまともに見直していません。
理由は、やっぱり、あまりにも辛いからです。
 
それが、つい今回は、見てしまいました。
久しぶりに。
 
既に内容を熟知しているので、冒頭の蛍火の中で節子が登場するするシーンで、・・・もう、ダメです。
     
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

投稿: 原口清志 | 2009.08.16 00:03

原口先生、いらっしゃいませ。
そうなんですよね、考えてみればトトロとの併映だったんでした。ということは私は二度観ているんですね…
でももうこうしてコメントを返してるだけでもシーンが思い出されてしまって、何かがこみあげてきてしまうほどなのですが、よく考えるとそれほど強烈なメッセージを持った作品だからこそ、もっともっと世界へ発信すべきですよね。
ブロガーとしてはこういう作品こそ記事にしてもっともっと後押しするのが義務なんでしょうが…

つらいなあ…これほど自分の感情の波に耐えられない作品は他にないんですよね。

投稿: よろづ屋TOM | 2009.08.16 02:45

今、読み終えました。
多分、また読み返しに来るでしょう、一回では、入りきれないこともあると思うので(あたまわるいですから)。
うちの父親も、18歳で志願して、シベリアに、そこで靴の修理をしていたそうです(室内作業)、おかげで生きてかえれたといつも言っておりました.手に職をもて、人ができないことのできる人間に、が口癖の父でした。
身に付けた物は盗られる、身に付けた技術は盗られない、そんなことを言っていました(過去形)。
そんなこんなで、うちでは(とりあえずわたしは)、人殺しとうそつきは戦争の始まりだと。
それではこれにてしつれいします。

投稿: ka-zu | 2012.10.12 16:37

ka-zuさん、毎度です。
昔、私は人殺しこそ最も“悪”だと思っていた時期があります。
でもこのトシになって、それすらも例外があると考えるようになりました。
ウソも方便…というのもあながち間違っていない事も知りました。

世渡りは難しいですね…真面目に考える人ほど損をするのが渡世です。

投稿: よろづ屋TOM | 2012.10.21 14:09

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