『モンスターvsエイリアン』の上質な笑い

いやあ、ひさびさに気持ち良く笑いました。
特撮&SFのパロディが矢継ぎ早にぶちかまされるというだけでなく、笑いそのものが上品なのが嬉しかったなあ。
ただまあ、キャラデザインの独特なタッチに馴染むまで半時間以上懸かりましたけど…
『モンスターvsエイリアン』の具体的な魅力や面白さに関しましては『よろ川長TOMのオススメ座CINEMA』で見どころなどをご紹介してますので詳しくはソッチをお読みくださいね。
もちろん例によってネタバレを禁じておりますので事前にお読みくださっても問題ありませんからね。
ところでその『上質な笑い』なんですが。
最近というかここ20年ばかり、日本のテレビに登場する“笑い”にロクなのがない。とにかく下品、悪質なんです。
思えば一部でスタータレント扱いされるようになってしまったコメディアンや漫才師が本来の“笑い”の方向を完全に狂わせてしまったように思います。
今のタレントたちは(もちろん制作者側も)自分ではなく、自分以外の誰かを貶(おとし)め辱めることで客の笑いを誘うという、弱者虐待型の最悪な“笑い”をテレビ番組で展開し始めてからどんどんそんなタイプの芸人が出てくるようになってしまった。
だから新しく出てくる人はまず先輩のそうした連中に虐められて笑われることから始まる。
そもそもそんなのは芸じゃないですよね、虐める方も虐められる方も。だから本当は芸人ですらない。
いうなれば今のバラエティ番組はローマ帝国のコロセウム。奴隷の無意味な殺し合いを見せてるのと変わりません。
だから同じ人は一年と経たずに飽きられる。虐められてナンボの価値、もともと“芸”なんて持ってないのだから当然です。
そしてそんなばかりを観ていると、いつしか虐める行為、虐待される相手に対して鈍感になってゆく。
逆に、大阪の伝統的な笑いは本来、自虐が基本です。まず、アホになる事。スカタン(註)すること。
自分がどれほど他者よりアホになれるかスカタンするかで笑いの価値が上がる。
だからそれを忘れ、他人を指さしてあざ笑うようになった大阪人は既に性根が腐ってるのです。もしもそんなのがお笑い芸人とは名乗ってたらソイツは大阪人とは言えません。
笑うときは自分も一緒にアホになって同じ目線、同じ地盤に立って笑う。それが大阪の笑い。
ボケとツッコミなんて、今では誰でも知ってる言葉ですが、あれは役割ではありません。立場(スタンス)なんです。だからしょっちゅう入れ替わる。今突っ込まれたヤツが次は突っ込む。
そしてもちろん順番でもないからスキさえあれば幾らでもボケる。本当のしゃべくり漫才は、シナリオなんてあって無い、アドリブがデフォルトの言葉による丁々発止の格闘技なのですよ。
だからホンマにオモロイしゃべくりは相方さえも笑わせてしまう。
(註)スカタンとは…不注意から失敗する事、一般常識からズレた行動、またはその行為を示す形容詞、形容動詞?発音は語尾が上がる。
スカタン
___/
例───ボール蹴ろとしてスカタンした(転けた)。
お前なにスカタンしてんねん。ちゃんと受けんかい。
さて『モンスターvsエイリアン』。
数々のボケシーンが出てきます。特にスライムみたいな怪物ボブは自分でも「僕、のーみそがないんだ、あははは」なんて言ってるし、しょっちゅう意味不明なボケをかますんですが、他のどのキャラも彼を馬鹿にしたり悪口を浴びせたりしない。
いちおう半魚人(ミッシング・リンクなんて名前ですがピンと来ませんな)がツッコミ役みたいなもんですが、「やれやれ…」みたいな顔をしつつも温かくボブをフォローしているのが見て取れるのです。

たとえばこのシーン。主人公スーザンが女性だということ(というか性別の概念)が理解できないボブ、ワケの分からんボケをかまします。
すると半魚人が「うん。あとで話そう」といなす。レベルの高い“受け”です。
これが安物の笑いのセンスしかない脚本だと、ボブに「アホかおまえ、◯◯が△△やろ!」とかの非難攻撃型で突っ込むことになる。
単にファミリー向け作品だから汚い言葉を使わない、というだけではこういう脚本にはなりません。
それだけの“禁止事項逃れ”だったら、どこかにいわゆる“どつき漫才”みたいな人格攻撃的な展開のニオイがするものなんです。
少し前に、一方的に相方の後頭部をひっぱたいてばかりいる漫才師がいましたが、あれは虐待型の代表ですね。ほんとうによくない。
伝説的漫才コンビの“横山やすし・西川きよし”の漫才も結構きついドツキシーンがありましたが、必ずどこかでスタンスが入れ替わって逆襲される。ちゃんと対等で一方的な事は絶対になかった。
新喜劇での山田花子と石田靖もそう。それまでは投げられ蹴飛ばされてた小さな花子が最終的にはブチ切れて挑んだ肉弾戦で背の高い靖をやっつける。
ここに痛快さがあって、また強弱の公平な、人間関係のバランスが摂れた笑いになっているわけですよ。一方的じゃないんで悪い事をマネする子供も、もしかすると逆襲されるんじゃないかと漠然と思い、セーフティロックが懸かるんです。
しかもボブに限らず、天才博士のコックローチも天才なのにかなりボケまくる。スカタンしまくる。
そして自分ではまともなつもりの半魚人、意外な事でガックリ落ち込む。このへんのさじ加減が実に人間(?)臭さにあふれていて、物語全体を温かい空気感で包んでいるのです。
それにしても動きや台詞のリズムの変化、緩急の使い分けが実に巧い。
今は亡き天才落語家・桂枝雀師匠が唱えた“笑いの緊張と緩和”の理論のままに、ガーッと突っ走ってはバッと止まる。また勢いつけて走り出したあとに…でも次は読みを裏切ってさらに加速する。かと思うとふっと力を抜いてゆっくり回す…
そうして客を慣れさせないことで常に適度な緊張の波を作り出しているんですねえ。
さきの半魚人の「うん、あとで話そう」などはこの応用。私はおもわず噴き出しました。
もちろんピクサーも素晴らしいんですが、台詞などの芝居としてのタイミング、呼吸はドリームワークス版のアニメの方が一歩深いところにある気がします。
というか、すごくアメリカン・コメディらしい伝統的な笑いのセンスに満ちている。
どちらが優れているとかではなく、作り手たちの方向性なんでしょうね。
この作品の間(ま)の呼吸の取り方は、スヌーピーのピーナッツコミックスなんか読んでるとよく分かります。台詞とかの笑いどころでは、ほんの一瞬ですがフリーズするんですね。このへんが日本の笑いとは根本的に違う。
ところでたまたま、深夜帯にやってた強化番組でこのシーンの吹き替え版を観たんですが…
「あんた、なんてモンスター?」
「スーザン」
「違う違う、人間たちがアンタを見て逃げまどうときに叫ぶ名前があるだろ?うわあ!来たぞぉ〜!」
「…スーザン」
「…すぅううううううざぁああああん…あ。これならけっこう怖いな」
(記憶だけで再現してるのでディテールが違うのはカンニンしてくださいね)
やはり声優さんと違い、このあたりの演技が浮いてるように感じて…なんかずいぶん本国版とテンポやテンションが違ってました。
ここのシーンなどは抑揚とタイミングだけで笑わせるシーンだけにものすごく難しい。ベッキーは上手い女優だと思うのですが、たぶん吹き替えるだけでいっぱいいっぱいなのではないかと。(それとも録音監督の手腕に問題が?)
もちろん本国版も声優さんじゃないんですが、ああいう微妙な“間の取り方”による笑いは欧米人ならお手の物みたいですし…大阪人のボケやツッコミの呼吸が天然であるように。
エディ・マーフィーやジム・キャリーでは絶対にマネできない上質な笑いをご堪能あれ。
そして今からでも遅くありません。上質な笑いで人生を豊かにしてください。
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コメント
こんばんは、よろづ屋TOMさん♪
こんなに可愛いスーザンをサラサラって描いてしまうなんて、なんてステキング♪
それにしても大阪らしいお笑い理論、これまたステキングです♪
やはり幼少から新喜劇で鍛えられているだけありますね♪
そこでともやのお笑いの起源は何だろうって考えたら、バスター・キートンやモンティパイソンなんですよね。
どちらかというと、台詞の妙ではなく、動きによる笑い。
そういやぁ、レスリー・ニールセンも好きだったしなぁ。
何だか自分を見つめ直しちゃいました(てへ)。
投稿: ともや | 2009.07.10 22:28
ともやさん、わんばんこ〜〜〜(古っっっ;)
いや〜〜〜、
「すぅううううううざぁああああん」 ヘ( ● ヘ )))
↑気に入ってる
( ̄へ ̄lll) サラサラどころか難しい難しい。めっちゃ描きにくい絵でした。
長々クドクドの屁理屈論文、最後まで読んでくださって感謝にたえません。
私の場合のお笑いの起源は吉本よりも松竹新喜劇(藤山寛美先生)と上方落語なんです。やっぱり米朝、枝雀、小文枝の3師匠の影響はすごいです。
で、洋画ではやはりビリー・ワイルダー作品。
やっぱり“しゃべくり”なのでした。
投稿: よろづ屋TOM | 2009.07.10 22:45
7月になって初めてパソコンに電源入れて来ました。
やっぱTOMさんちのお嬢さんはさわやかですね~~♪
こんなお嬢さんを嫁にしたい~~~(^o^)
ところで、お笑い。深いですね。
本来「笑い」というものは、権力者や政治の横暴さ、一般常識の矛盾や滑稽さなどを皮肉って笑うものだったと思うんです。
今は確かに強者にゴマをする太鼓持ちみたいなお笑いが多いですね。
しかも弱者をコケにするという・・・
TVで見てるだけでも芸能界の派閥みたいなのが感じられて、変な気分になるときがあります。
私はジム・キャリーが大好き♪
投稿: ビタミン店長 | 2009.07.11 15:11
店長さん、毎度です!
Top絵のシーン、ついに10年ぶりに実物を観て参りました。また記事ネタにしますんでよろしくです。
今の“笑い”の質になってしまってもう20年ほど経ってしまってるので、若い世代の人がそんなのしか知らないのが可哀想です。
TV界の派閥、私もぷんぷん匂ってくるのがイヤで笑い関係以外のバラエティ番組も観なくなっています。
若い人のテレビ離れ、実はそういう事もけっこう敏感に感じ取ってるからじゃないでしょうかね。イヤラシいもん。
投稿: よろづ屋TOM | 2009.07.13 05:11