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2009.02.08

『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』久しぶりに鑑賞

Knockinonhd 風邪を引いて一週間。結局治ってない…
 結果的に熱風邪から咳風邪へ移行して、しんどいには違いないけど、先週みたいに「ああ、死ぬかも」という危機感はありません。え?「風邪くらいで大げさや」ですか。
 たしかにお恥ずかしい話ですけど…

 そんなこんなでごろごろしてたら、BSフジで今日、この傑作映画をやってまして。
 1997年だったんですねえ、日本での公開は。うーん、もうそんなになるのか…

   

 たまたまの偶然で、同じ病院の精密検査で脳腫瘍のため余命数日と宣告された男と、骨肉腫でこれまた余命いくばくもないと宣告された男が出逢う。
 脳腫瘍の男はこれまで何をやって来たのか、傍若無人で礼儀を知らない。一方、骨肉腫の男はどうやら真面目一筋に生きてきた様子。しかし二人とも、けして幸福な少年時代というわけでもなかったよう。

 やがて意気投合した二人は、限られた命のある間に、まだ見たことがないという“海”を目指してアテのない旅に出る───

 人は絶対に死にます。早いか、遅いだけ。だけど、それがいつか判らないからこそ、そのことを忘れて日々を生きていられるのかもしれません。だけど、ある日それが判ってしまう人がいる。
 不治の病もそうですし、戦争での出撃命令のように他人にそれを決められる場合すらある。

 そういうとき、人はどうするだろう。それをテーマにした作品はあまたあります。昨年大ヒットした『最高の人生の見つけ方』もそのひとつ。
 あちらはそこそこ年齢を重ねたじいさんたちだし、ニコルソンは大金持ちで自力でなんでもできたけど、それでも“生きたい”と願うのは誰しも同じ。

 しかしこの作品の二人は若い。おまけに徒手空拳、何も持っていない彼らが、偶然というか脚本のイタズラでヤクザの高級車を盗み出すのに成功したのを皮切りに、必要に応じて適当に銀行強盗したりしてるうちに、悪気がないのが幸いしてか、悪いことはみな車を盗まれたヤクザがひっかぶっていってことごとく貧乏くじを引かされ…

 と、全編ハチャメチャなコメディタッチのロードムービー仕立てで描かれているので、ともすれば暗く暗く沈みがちな物語にもかかわらず、ずいぶん明るい雰囲気で救いになっている所が好き。
 だってね、死ぬんだもん。誰が何と言っても二人は死ぬ。それをお涙頂戴話に描くのは簡単ですが、それをここまでドタコメにしてしまう手腕もすごいし、勇気に乾杯したい。

 私は幼い頃に肉親をあいついで亡くしたせいか、若い頃から妙に自分の死ぬときのことばかり考えるクセがあり、人生の半分を過ぎたせいか最近では事あるごとに死に対して怯えながらも、その日のことを考えずにいられません。

 こういうの、死生観と呼ぶそうですが、先週のいまごろ熱に浮かされてるときも色々考えました。「あ〜、しまったなあ、アレ、片付けといたら良かった」みたいなくだらないこととか、「この家にあるもん、誰がどう始末するんやろう。アレ、気に入ってんねんけどなあ」とか、「ネットで自分を知ってくれた人、自分が死んだことに気づいたら〈ふーん〉くらいは思ってくれるかなあ、けど自分が死んだら通信費もなにも、ほったらかしになって…あ。ほったらかしといえば、グッピー。全滅か。誰も引き取ってくれへんしなあ…」

 けどつらつら考えていって、結局最後には「やっぱまだ死なれへんなあ…お母ちゃん居るもんなあ」で帰結する。グッピー全滅して、水槽乾ききったら火事になるなあとか。ほんま、アホです。

 でもね、実際人が孤独死したらあと始末って要りますよ。
『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』の二人は、かたや天涯孤独、かたや母親はいるけど自立してるんですね。『最高の人生の見つけ方』の場合は、モーガン・フリーマンには後を任せていればいい子供も家族もいる。なんだかんだ言ってたけど、ニコルソンにも家族がいた。
 戦争映画でもそうですが、こういう“誰かを残して自分が先立つ”作品を観るたびに思うのは、残される人はどうするんだろう、ということ。

『ビルマの竪琴』のラストシーンで、それまでほとんど登場シーンも目立たなかった渡辺篤氏がラストで初めてクローズアップになる。
「自分は水島上等兵の事は何も知りません。でも、彼の家族はこのことを聴いてどうするんだろうか、でも隊長がうまく説明してくれるんだろうな…などと妙なことばかり心配していました───」という印象的なモノローグがあって、自分の死後のことを思うとき、必ずこのシーンを思い出してしまう。

 岡本太郎先生のパートナーで養女でもあった敏子さんがテレビのインタビューで仰ったことも印象的。「死んだあとのことなんか何にも心配しなくていいのよ。だって、自分は死んでるんだもん。そんなこと気にしてどうするの」
 
 私はまだ、そこまで悟れてません。「死んだらあと始末はどうしようか」そればかり考える毎日です。『最高の〜』のニコルソンみたいなお金持ちだったら遺書書いて弁護士とか雇えばいいんでしょうけどねえ〜〜〜
 とにかく。『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』、いろいろ考えさせてくれるいい映画です。


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コメント

人が死にたくないって思うのは、死ぬのが怖いのもあるんだけども
大切な人たち(物も含めて)に二度と会えなくなるのが哀しいからなのですよ
というのを誰からか聞きました。
なるほど本当にそうだと思います。

今、TOMさんちのこの記事を見て、すごいびっくりしたです。
私もさっき、「死」について書いたとこだったんですよ!
テレビでTOKIOの長瀬くんが、主演映画の取材受けてたんです。
たぶんその題名が「ノッキングオンザヘブンスドア」たぶん…
で、長瀬くんは余命数カ月という設定でした(^O^)

投稿: ビタミン店長 | 2009.02.08 15:31

はじめまして♪
かわせみと申しますm(_ _)m
風邪の話を拝見してまさに私もこのまま肺炎になって死ぬかも…という経験をしたところです。
やはり年齢とともに免疫力も衰えを見せ始め、無理がきかなくなってきました(苦笑)
やりたい事たくさんありますからまだまだ死ねません(^-^;

投稿: かわせみ | 2009.02.09 14:12

店長さん、毎度です。
そうか、たしかにそうですね。でもそれを“未練”っていうんでしょうねえ。うーん、私は死んでも成仏できないタイプかも知れない。

長瀬君の映画、このドイツ映画を原作にしてリメイクしたものです。それがあったんで、この映画もテレビ放映されることになったんでしょうね。


かわせみさん、はじめまして!ようこそいらっしゃいませ。
ほんっとによく風邪を引くし、引いたらなかなか治らないんでたまりません。
肺炎はなったことありませんが、苦しいんだろうなあと思うだけでたまらないものがあります。呼吸器系はダイレクトにしんどいですもんね。
そうした思いから、『2000字劇場(右柱のリンクからどうぞ)』で一本書いてます。
先週の新作『希望としては安楽死』ってヤツです。宜しかったらそちらも読んでみてやってください。

これからもよろしくお願いします。

投稿: よろづ屋TOM | 2009.02.10 00:28

こんにちは、よろづ屋TOMさん♪
いや〜、いい映画観ました♪
これは何年かに一度観返したい作品ですね。

「おくりびと」がアカデミー賞を取りましたが、いろいろ死について考えねばならない年齢になってきましたね〜。
まだまだ…とは思いながらも、いつ何時何があるかわかりませんからね。

…とは言いながら、うちにはぬこが一匹おるので、ぬこを看取るまでは逝けませんな。
頑張りますよ♪
逝きますよ♪
あ、逝っちゃダメダメ・笑 
生きますよ!

投稿: ともや | 2009.02.27 08:58

ともやさん、毎度です!
でっっっしょおおおお。ヽ(´∀`*)ノ ドイツ映画ってのでどんな堅いヤツかと思ってたら、笑いのセンスもいいし、泣かしどころは泣かせるし、なにより粋なオッサンやねーちゃん(特に銀行の受付嬢とか)が多数出演してて、シナリオの妙を見せつけてくれましたからねえ。

ドイツの生活習慣というか、就労外国人に対する態度とか病院の雰囲気とか、いろいろと興味深い表現もあってでカルチャーな勉強になりますしね。
やはりたまには全然観たことない国の映画も観ないといけないと痛感しますね。

投稿: よろづ屋TOM | 2009.03.01 03:05

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