『マンマ・ミーア!』に、のめり込めない理由を考えてみた
オバハンとオッサンが全編画面いっぱいに老いらくの恋と歌と踊りにがんばるミュージカルです。メリル・ストリープなんて6月で60歳、ピアース・ブロスナンでも56歳ですよ。たいしたもんです。
『スウィニー・トッド』以来、私にとっては久々のミュージカルです。私は母の影響もあって、MGMの古いミュージカル映画は好きで結構観ています。
でもこの作品、なぜか全然のめり込めない。よくできた粋で楽しい話なのに。
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実はこの記事も結構早めに書いてたんですが、はたして『オススメ座CINEMA』に入れるかどうかで考え込んでしまった。あっちはどんなにくだらない映画でも、余所様が非難go-goでも、私が「これはオモロいやんか」と心底楽しめ、オススメしてもヒトサマのフトコロにそれ程迷惑は掛けまいという作品を編入する、という規準を設けているのです。
そういう意味で、どうもこの作品はひっかかった。そこで、のめり込めない理由をアレコレ考えた。
お話は至ってシンプル。
エーゲ海に浮かぶギリシャの小さな小さな島でオンボロホテルを切り盛りして暮らすおっ母さんは、エエ歳してはりきりまくったシングルマザーで、父親を知らないまま二十歳になった娘が、恋人を見つけてさて、もうすぐ結婚式となったときにオッカサンの書いた昔の日記を見つける───。
言い方は悪いけど、ブサイクさとみっともなさを全面に押し出す強引型コメディ。そんな連中がバシバシ踊るからカッコイイ。いうなれば猿飛肉丸、サモハン・キンポー型。
下品な笑いもあり、それがますますオバハン色を濃く見せてるんですが、既製の曲をうまく織り込んでいる点も見事。こじゃれたオチもそれのための布石もなかなか上手い。
小編のミュージカルのお話としては文句なし。単純でもある意味、ミュージカルはショウ。楽しければいいという考え方も通ります。
では?
ミュージカルが苦手だという人に理由を訊くと、「話の途中で歌い出すなんて変やん」てのがありますでしょ。
そう、もともと変なんですよ。ミュージカルは。
変なんですが、ミュージカルというのは基本的に舞台劇。
芝居しかり、歌舞伎、オペラ、落語、漫才、コントしかり、舞台というのは観客と演じ手の間に無言かつ鉄の掟のオヤクソクがある。
それは、これから始まる物語は架空だが、一緒に最後まで欺されることを楽しむべしというもの。
極端な言い方をすれば劇場丸ごと、赤毛のアン的な空想世界に飛び込め、ということ。
その世界では、主人公が棒きれを剣だと言えば剣になり、魔法の杖だと言えば雷も落とせる。
つまり全て、個々が持ちうる想像力にきっかけを作るためのものが大道具・小道具なわけで。
話を戻しますと───
そんな変な世界だから、歌で会話するし、垣根から村人が唐突にコーラスで突っ込んでくるし、世界は全部書き割り看板で問題ない。
ところが、この映画は全編、風光明媚なギリシャだか地中海だかの島で撮ってしまった。
アン・シャーリーふうに言うなら「観客から空想の余地を完全に奪ってしまった」わけです。
昔なら全部巨大なステージにセットを組んでやってたことを、この映画では全部本物のロケでやってるんですね。船の上でのダンスもヘリかなんかの空撮で撮る。
冒頭に出てくるメリル・ストリープの空想のシーンも、ほんとうにクルーズ船の上でやってるもんだから瞬間変身するわ意味不明な瞬間移動までするわ。歌の途中で夜になるのも、時間経過と言うよりもタイムワープしたみたい。
これが今風なのかも知れませんが、少なくともスウィーニー・トッドはちゃんとセットらしさを出していた。(まあティム・バートンはどの作品も舞台っぽいから比較対象にならないけど。)
じつはどんなにスタジオセットを巨大にして本物らしく作っても、オープンセットやロケ撮との空気感の違いだけは、わざわざハイビジョンで撮るまでもなく判るものなんです。
逆に、あえてこしらえたセットで撮影することによって舞台劇の雰囲気はそのままに残し、編集の効く映画でないとできない演出を加えるのが映画版ミュージカルの醍醐味だったんです。
いうなれば最初からオヤクソクと違う、『夢の破れた』ミュージカルになってしまった。台無しです。
映画には、舞台や物語をいかにリアルに見せるかを前提で作る作品と、最初からこれはお芝居ですよ、ウソの世界を楽しんでね、という作品があると思います。
極端な例かも知れませんが、実写のSFは前者で、アニメのSFは後者ではないでしょうか。
だから実写とデフォルメアニメを一緒にしても気持ち悪いだけ。逆もまたしかり。
もちろん過去にもロケ撮を取り入れたミュージカル映画は多々ありますが、あくまでも舞台の延長としての演出なんですよ。
しかも、それが理由かどうかは分かりませんが、どうもどの踊りの場面も狭苦しく見える。ブロードウェーお得意の群舞でも、広い場所がなかったためかしらと思う程にドカドカと踊ってるようにしか見えない。美しくない。
お年寄りたちに合わせてピッチを落としているからキレがないのかしらと思ったけど、どうやら撮影と編集の不味さのようです。もったいない話です。
ついでといっちゃ何ですが、物語に関して欲を言えば、実は主人公の娘が未来というか、広い世界に憧れる描写がほとんど感じられないのにあの結末はどうも疑問が残りまして。島自体、もっと陸地に近くて、“手が届きそうで届かない”象徴としての本土の描写があって然るべきではなかったのかしら。
もしかしたら舞台版はそのへん、カッチリ描かれているのか───
舞台版をご存じの方、ぜひコメントください。
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コメント
あたしコレ観ようと思ってたけど・・・。
とむさんが言ってることなんか納得してしまったです。
ミュージカル好きですけど。
映画としてはどうかな?という疑問ってのはよくあります。
ミュージカルの場合。
多分・・・舞台だとすんなり観れるような気がする。
メリル・ストリープの若々しさを観るために足を運ぶべきか?
ちょっと迷いだしてる~。
2月の娘さん。
可愛い。
温かみのあるタッチが良いです♪
投稿: さくら | 2009.02.03 00:00
さくらさん、毎度…って、うわっっっっっ。逆宣伝してるわけぢゃないですよ(って、結果的にそうなったか)。
ただね、やっぱし私が『ブツクサ』で映画評に取り上げるのはどれも勿体ない作品なんですよ。
同じキャストで、舞台のテイストを活かした夢のあるセットでの作品なら絶対この映画を『オススメ座CINEMA』で絶賛してましたよ。残念。
今月の“いもねーちゃん”、昨年夏以来の疑似色鉛筆タッチです。褒めてくれてありがとねー。
投稿: よろづ屋TOM | 2009.02.03 10:27
こんにちは、よろづ屋TOMさま♪
舞台的な演出と映画的な演出によって、作品の印象って変わってくるでしょうね〜。
だから限られた空間で演じられるミュージカル版とだいぶ変わってるのかもしれないですね。
ともやは懐かしいABBAの曲満載で、単純に楽しんじゃいました♪
ミュージカル映画というより、能天気なダンス・ムービーとして捉えると、モヤモヤが解消されるのかも?
投稿: ともや | 2009.02.03 12:44
おー、ともやさん、毎度です。
うーむ(-_-;)のーてんきなダンスムービーですか。それぢゃあ役者さんが可哀想ですなあ。
役者にも芝居にも文句ないもん、この映画。勘違い監督の責任です。
このあとも色々考えてたんですが、舞台劇はいくらがんばってもお客さんがステージを眺める位置までは動かせないけど、映画はそれができるんですね。つまり撮影アングルという荒技で。
ジーン・ケリーの映画を観てるとそれがよく解る。
そして役者を好きなだけアップで見せられる。作り手の意図に合わせて見せたいものが出せる。コレに尽きるんじゃないでしょうかね。
ともやさんが仰るように、“限られた空間”のはずなんですよ、舞台の方が。
なのにこのロケ版よりもきっと広がりのあるダンスが観られるのではないか…と思えてしまった時点で、ダンス映画としても失敗になってるように感じます。
あ。失敗って言っちゃった…( ̄ロ ̄lll)
投稿: よろづ屋TOM | 2009.02.03 17:56
こんにちは。
ロケのミュージカルというと
『サウンド・オブ・ミュージック』が有名ですが、
大自然をうまく映画にいかしていたあの作品に比べると、
こちらはあまりそれが感じられませんでした。
『踊る大紐育』が少し雰囲気、似ているのかな?
でも同じく街に飛び出したミュージカルでは
『ウエスト・サイド物語』の方が
(少なくとも観た当時は)感動したものでした。
ということは、結局は中身勝負?
そういえば『ジーザス・クライスト・スーパースター』も
期待はずれでした。
投稿: えい | 2009.02.04 10:56
えいさん、コメントありがとうございます!
そうそう。『サウンド・オブ・ミュージック』を忘れてました。たしかにあれは全然違和感なかったなあ。
期待はずれと言えば、この正月だったか、BSで『Wiz』をはじめてちゃんと観たんですが、ものすごいシュールさにあんぐりでしたねえ。
あれも全部NYロケですが、逆に活きたNYを完全に無視というか、背景扱いにして自分たちだけの世界を創ってしまってる拒絶感がむしろ怖かったです。
投稿: よろづ屋TOM | 2009.02.05 14:34