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2008.07.14

『夏目友人帳』スれた大人が思うほど、今の若者はスれてない。

Natsumeyujincho01

 いやー、エエ話を観ました。(´∀`*)
 原作は白泉社、花とゆめ。原作のいいところをうまくいい具合にアニメにしています。
 よその国は知りませんが、なんだかんだ言っても日本は神様の国。妖怪、魑魅魍魎とも呼ばれたりしますが、段階があるのか出世するのか、ある時は人をばかす妖怪もある時はちゃんと祠に祀られて神様となるのです。
 逆に害したら祟るし、バチもあてますし、子々孫々にまで災いを残したりもする。でもそういう考え方を持っていたからこそ、日本人は自然をはじめとして万物を大切にしましたよ。
 その心こそが他者をいたわる心に通じるし、思いやりを持つことに繋がると思うのですよ。あいにく外国で生活したことがないから映画などの扱いでしか想像できないのですが、どうも西欧における精霊の扱いはけして日本の神様のソレではないですよね。

  

 あくまで人間とは別の、『不思議な力を持った想像上の生き物』みたいな扱いでしかない。かれらの神様は彼ら西欧人のためだけに存在する勝手な全能者にしか見えませんし。だってねえ、クジラ云々を述べるとき、平気で「牛豚鶏羊は神様が下された食べ物だ」って言い切りますから。そのくせ生命を賭けて犬猫を助けたりするし。矛盾を感じないかれらの洗脳度には感心するやら驚くやら。

 それはともかく、『夏目友人帳』。デジタル番組表でタイトルしか見てなくて、用事しながらながしっぱなしの深夜帯番組として始まったのでナニゲに横目で観てたんです。
 だから冒頭で妖怪が登場したのを観て「あ。またモノノケものか」と少し食傷気味の気分になったけど、すぐに登場した招き猫型の妖怪に別な意味で興味を引かれ、ちょっと前に乗り出して観ているうちに実はすごく面白そうな設定であることに気づきました。

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 主人公がこのエラソーにモノを言う招き猫をフト呼んだ名前が「ニャンコ先生」ってのも気が利いてて爆笑。これは!このセンスは自分に向いてるぞ…と思いました。

 さてここからは用事をやめて画面の前でかぶりつき。
 そしてクライマックス。私はこみあげてくるものに泣いた。ウケ狙いでなく、ここはこの引用がふさわしい。

「なんといういたわりの心!」

 そもそもアヤカシ系の物語は小泉八雲の『妖怪』に始まり、そして戦後の『ゲゲゲの鬼太郎』『どろろ』あたりをスタートラインとして、『猫目小僧』『うしおととら』『となりのトトロ』『地獄先生ぬ〜べ〜』『もののけ姫』『xxxHOLiC』『蟲師』『かみちゅ!』『少年陰陽師』『結界師』『もっけ』『あまつき』『怪(あやかし)』『我が家のお稲荷様』など枚挙にいとまがありません。さらに荒俣京極宮部夢枕…とか小説まで入れだすともうキリがない。
 どれも人気作であることを考えると、なんやかんや言っても日本人はこの手のネタを信じてないようでどこか疑い切れていないのでしょう。要するに好きなんですね〜。
 そんなアヤカシ系のお話はふた通りに分かれます。つまり、妖怪変化退治ものと、不思議現象解決もの。前者はアクション重視で超能力バトルが見せ場なのに対して、後者は基本がのほほんだから対決シーンもおとなしめにならざるを得ません。
 しかし前者はアクションが派手な分、特撮ものとか怪獣ものに近い印象になってしまうためにかえってオカルト色が薄れて怖さがないのに対して、後者は人知の及ばない領域での描写が主となるために言い知れない恐怖があるんですね。

 だけど恐怖中心で描いた昔のオカルトマンガと昨今のものとの決定的な違いは、すごくヒューマニズムに富んでいると言うこと。
 これ、すごく大切なことです。
 昔は勧善懲悪が当然という流れの中で、基本的に妖怪変化は退治すべき人に仇なすバケモノに過ぎなかったのが、『どろろ』では無害な妖怪の登場、『鬼太郎』では人を守る妖怪ヒーローという奇抜な考え方が誕生。
 もちろん人に仇なす怪物との戦いはその後も継承されてますが、次のステップとして、妖怪には妖怪なりの存在理由や人との関わり方がある、という至極当然な考え方が自然に描かれるようになったことは実に素晴らしいことだと思うのです。

 かつてウルトラマンで描かれた『怪獣だからというだけで殺して良いのか』そして『できることなら助けられないか』という命題、ウルトラセブンで描かれた『異種生命同士の共存は不可能か』という命題が見事に受け継がれているのです。

Natsumeyujincho02

 この夏始まったばかりの『夏目友人帳』は、若くして亡くなった主人公の祖母が遺した“妖怪たちのサイン帳”をめぐって繰り広げられる物語なのですが、直接語ることさえなかった祖母と友人帳を通してさまざまな妖怪と祖母のかかわりを知ってゆくようです。
 そうすることで少しずつ彼女を理解してゆき、やがてそれが今を生きる主人公の成長の糧となって行く様を描いてゆくのでしょう。
 トーンは全体に飛ばし気味とも見えるほど明るいため、アヤカシものでありながら初夏の陽光に満ちた雰囲気が出ています。逆に言えばそれだけ暗部とのコントラストも際だつかも知れませんが、それは物語が進むにつれて姿勢がハッキリしてくると思われます。

 それにしても。

 テレビのくだらん番組では、なにかっつーと“イマドキの若者は”───夢が無くなったとか、醒めてるとか、理解できないとかって話題がよく出てきますが、よく考えたらそれって私らが若者だった頃にも言われてたんですよね〜。
 大昔から進歩無いわ、大人を自称する連中って。 (=ω=;) 
 これを読んでくださる皆様はそんなジジーババーにはならないでしょうけどね。

 ダメですよ。オッサン化炭素中毒になったら。

  

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