『ランボー 最後の戦場』ホントのテーマは伝わるか?

うう〜〜〜ん。いろんな意味で唸りっぱなしでした。
そーか、これがスタローンのランボーかあ。
なんでも先日プロモ来日の折りに「俺はまだやるぞ」みたいな事をぶち上げて『最後の戦場』と銘打った日本の配給会社のスタッフたちの無神経を寒からしめたという痛快なエピソードがあったとか。
でも、そんな軽い話題などふっとぶほどのメッセージはあったと思います。
ここからあとは、ネタバレではありませんがこれから食事をされる方や、想像力の旺盛な方には不快な内容かも知れませんのでご注意下さい。
原題は『JOHN RAMBO』。これまでも一度としてランボーを観たいと思いもしなかったんで皆目どんなシリーズかさえ知らないんですが、このタイトルからして『ランボーという男とはなんぞや』というのが感じられますよね。
じっさいスタローンの年齢はまったく感じられないのが、すごいといえばすごい。
そしていわゆるR指定になっているだけに戦闘シーンというか、殺人シーンはものすごい。銃の口径や威力にみあった人体の破損度とか、躊躇しない引き金のタイミングとか、昨今のアメリカ映画の中では屈指のリアリズムといえます。
が、韓国の戦争映画ではこのくらいの描写は結構ありまして、とくに『ブラザーフッド』『シルミド』などでは本物の実戦シーンを使ったのかと思うほどのリアルさには驚くよりも目を疑ったものです。それより以前の『JSA』でも、死体の鬱血具合とか死後硬直の描写が本物を使ってるのではないのかと思ったほど。
この辺は戦争のたびに本国から遠く離れて他人の国で破壊と殺人の限りを尽くしてきたアメリカと、自国を焦土と化しながらも未だに同じ血統、同じ民族で戦争状態(休戦中とはいえ)を60年も続けている韓国との温度差でしょう。
私は別に銃器や死体フェチではありませんが、事実として、実際の“武器による殺害”の真の惨たらしさを知らない限り平和ボケした我々はいつまでも戦争の本当の恐ろしさや無惨さが理解できないと考えています。
もちろん私も実際に見たのは、いわゆるタイやミャンマー、シンガポール発による本当の殺人現場などの流出動画ですが、ヒトという、それまで長い年月を喜怒哀楽をもって生きて、愛し憎み考えて悩んできた生き物がこれほど単なる肉と血液との“生ゴミ”になってしまう現実に戦慄したものです。
ご覧になったことのない方、想像つきますか?倒れている人の頭がぺしゃんこな皮しかない状態や、マネキンというよりもロースト前の鶏肉みたいな有様を。
そのシーンを自分や自分の肉親・知人にあてはめて考えてみてこそ、戦争、殺人という現実を少しでも理解する鍵ではないかと考えています。
その流出動画は当時は合法的なものとしてTSUTAYAでレンタルできたものですし、それを制作し販売していた会社の社長自らが冒頭に登場して「人の生命とはこんなにも簡単に消えてしまうからこそ大切であることを訴えたい」と語っていたことが印象的でした。
それが商売ゆえかホンネかは別としても、私もまったく同感なのです。
とくに今の若い人たちには、いいえ、歳を重ねたヒトも同じですね。私同様、ほとんどの人たちが本当の戦争や殺し合いを見ていないんですから。
戦争だろうが街の殺人事件だろうが、ニュースで流れる「◯◯さんが殺害されて」とか「◯◯で紛争があり数十人が犠牲に」という言葉の裏にはこうした醜く無惨な死体になった人生があることを考え及んで欲しいと思うのです。

ランボーというキャラはスタローンがこれまで演じた人物同様、かなり不器用なようです。口数も少なく、喜怒哀楽もハンパで、言いたいことの半分も言えない。
今までのシリーズは知りませんが、この作品に関して私が感じたのは、不器用さがウリというか、とにかくこの映画を観て何か感じてくれ!ということならば、私はこの映画は素晴らしいデキだと思います。
たしかに、私はこれまで考えてきた戦争、武器、軍隊、殺人ということに対しての持論への確信を新たにしました。
あまりにも酷たらしいヒトの死、死、死。
一発命中すれば人の身体など熟れたトマトをつぶすように粉砕してしまう、強力な武器によって、まるで害虫でもつぶすようにヒトがグチャッ、グチャッと死んでゆく。
叫んでも仕方ない。怖がっても始まらない。西洋の神の子は記した。「汝、殺すなかれ。」でも殺さなければ殺される。彼は続けた。「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ。」でも彼は「父を殺されたら母を差し出せ」とは言わなかったはず。その点、イスラムの神の子は正直だったといえるかも。
一瞬たりとも迷わないことだけが生き延びる手段。だけど瞬間に頭や身体ごと吹き飛んでしまうのなら痛みなど感じるヒマもない。殺された人が最後に見たのは弾丸の先端なのか、あの世の光か。
この作品、わざとなのか偶然なのか、敵と言える虐殺軍団も解放軍といわれる側の兵士達もミャンマー人なので見分けがつかない。唯一、ランボーたち白人だけがひとめで区別がつく程度。これって、うがちすぎた見方かも知れませんが、敵とか悪党を特定の人物にしたくなかったのではないかしら。むしろ『本当の敵は誰なのか』観客に考えて欲しかったのだと思いたい。
一応、首領みたいなのはいますが、それは映画という形の上で、ちゃんと作中でキリをつけるための目印みたいなもので。
最後の方で乱戦になったシーンでも、ランボーは高いところから死屍累々の戦場を見下ろしている。
ラストシーンのギャップもそういう意味だと思います。
これ、前の記事の『バガボンド28巻』における、70人を一人で斬り殺した武蔵の気持にも通じているような気がします。

かつては口先だけで平和を叫ぶ作品が多かったんですが、昨今は『ガンダムSEED』『ガンダム00』や『フルメタル・パニック』のように戦場での死、巻き添えをくらう一般人、無意味に虐殺される市民といった描写もあたりまえになってきています。
R指定が「子供に見せてはならない作品」ではなく、むごいからこそ、しかもそれが現実だからこそ子供にもその現実を知ってもらうためのキーワードとして認知されるようになることを切に願います。
劣化ウラン弾の恐ろしさを知らないから平気で使えるアメリカ兵と、銃の恐ろしさ、銃でヒトを簡単に殺せる凶悪さを知らないから、たやすく棚から持ち出して殺人を犯すのだ、というのが私の持論です。
この映画を観て大喜びで拍手喝采するようなら、一度ほんとうの戦場へ行って死ぬ思いをしてきた方が良い。すでにその人の人間としての感覚は狂っている。
そして残念なことに戦場は今も世界中にあるのだから。
常に映画としての脚本の出来具合に重きを置く『よろ川長TOM』としてはこの作品はオススメしませんが、反戦及び軍備放棄主義者よろづ屋TOM個人としては観る値打ちを見いだせる、人に勧めるに値する映画でした。
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コメント
こんにちは、
ブログにコメント&TBありがとうございました。
よろ川長TOMさんのブログはときどき覗かせてもらっています。個人的には、「ブツクサ徒然ぐさ」のレビューの方が好みです。
またお邪魔いたします。
投稿: jamsession123go | 2008.06.08 13:38