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2008.05.24

バガボンド28巻、入手。

Vagabond28
 若い頃と違って本をほとんど読まなくなったので、書評などを書くこともまずないんですが、今日手に入れたばかりのこの本───いや、作品については書かずにいられない気分です。もちろんこれほどの傑作を前に“今更何をかいわんや”の感はぬぐえないんですけどね。
 でも書評ではありません。私にとっての『宮本武蔵』のお話です。
  
 

 
 宮本武蔵。おそらくはその半生のほとんどがフィクションであると同時に、実在したという事実はあったために神懸かり的に祭り上げられた“伝説の”剣豪。
 その剣の実力や人となりはわずかに残された他者による彼への客観的(ときに偏見的な)見地から記された短い文章と、彼が残したとされる書画をもとにして吉川英治によって類推され付加されたものでありながら、彼ほど“己の道に迷う人”に対して多大な影響を与えた人物は少ないのではないかと思います。

 かくいう私も、今までの人生においてそれを放棄したいと本気で考えたときに道標となったのが吉川:武蔵でした。それまでも、そのあとも、人生の岐路で思い悩むときに気がつくと必ず最初から読み始め、読み終わる頃になんらかの答を得ていた気がします。

 そんなわけで、苦しいとき楽しい時を別としても、私も多くの武蔵ファン同様、ありとあらゆる作家の『宮本武蔵』を読み、あらゆる監督・俳優が演じた『武蔵』を観てきました。
 多くの場合、原典とされるのはもちろん戦前の名作である、吉川英治の『宮本武蔵』。この井上雄彦氏が描く武蔵も同じく『吉川』武蔵です。

 が、最初にこの『バガボンド』が雑誌でリリースされたのを見た私は、たった数ページで虜になりました。原作が吉川:武蔵であるということは、スタートが関ヶ原の敗戦なんですが、シチュエーションや主要キャラの登場や物語の展開は吉川:武蔵をベースにしつつも、その時点で井上:武蔵はまるで彼の代表作『スラムダンク』でのシュートのシーンのように、すでにはるかな高みを目指して跳び上がりはじめていたんです。

 何が違っていたか。

 関ヶ原の負け戦で落ち武者として死屍累々の戦場を彷徨う武蔵(そのときはまだ“たけぞう”と名乗る)と幼なじみの又八ですが、吉川版は若者というだけで文面からはそれ以上の何も伝わっては来ないのに対して、井上版を観てまず電気が走ったのは「ああ、たけぞうって、17歳って、こんなんやなあ」ということ。
 若者というよりガキ。でかいだけの子供。自分がまさか異国の戦場で死ぬとは思いもせず、うまくいけば出世できると目論んで戦に加わったものの、当てが外れての逃避行。
 食うや食わずの上に生水で腹をこわし、さらに落ち武者狩りに追われて風前の灯火な筈なのに、まだどこか楽観的。泣き言すらも辛い、しんどい、というばかりで死ぬのが怖いと本気では思っていない。
───そんな、等身大の17歳の武蔵───たけぞうの燃えるようなエネルギッシュな姿が活き活きと描かれていたのです。

Vagabond_from1
 △第一巻第一話より。

 それから連載すること、来年でもう10周年になろうとし、作中の武蔵もほとんどリアルタイムであるが如くに10年分の歳を重ねてきているのです。
 途中、井上氏はコペルニクス的解釈というか、コロンブスの卵というか、吉川版を知り尽くしていればいるほど腰を抜かすか、「やられた!」と膝を腫れ上がるほど叩きそうになるくらいのものすごい解釈をいくつも加えることで、さらに吉川版を越え、さらに今も高みを目指して昇っていっています。

 ひとつは宝蔵院 胤舜(ほうぞういん いんしゅん)。ひとつは吉岡 清十郎。ひとつは宍戸 梅軒(ししど ばいけん)。それぞれ吉川版では忘れてはならないライバルたちなんですが、毎回毎回よくぞここまで鍛え直したと震える思いがする、見事な改編ぶり。
 もしかしたら異論を唱える方もおられるかも知れませんが、リメイクとは、アレンジとはこういうことだと思うのです。
 そして何より、きっと誰もが文字通り声を失った衝撃の改編キャラこそ、最大のライバル佐々木小次郎。

 なにがすごいといって、フィクションだろうが史実だろうが、佐々木小次郎という人物を、キャラとしても一本の物語としてもちゃんと描いた人はこの井上氏が後にも先にも最初ではないでしょうか。しかもめっちゃ魅力的。たぶん、タイトルを『宮本武蔵』としなかった理由はここにあるのでしょう。
 井上版では、登場するキャラの誰もがまさに『バガボンド(ならず者、彷徨える人)』と言える、主人公だからですね。そういう捉え方で描いているので、どのキャラもみな魅力的。
 しかしモノカキに多少なりともかかわる立場から見ると、ひとつ匙加減を間違えると物語そのものの軸がぶれてしまって雲散霧消しかねないという危険をはらんだ脚本方式なんですね。それだけに井上氏のなみなみならぬ努力と精進が見える。
 しかもひとりとして無理なキャラがいない。
 道を求め、人として人と関わってしがらみの中で生きてゆくからこそ生まれてくる個性や考え方があり、そこから導かれる行動や言動から、描かれていない彼らの過去や日常がきちんと浮き彫りになって見えてくるすごさ。

Vagabond122

 そして、回を重ねるごとにますます魅力を増し、まるで武蔵が道を求め命懸けで修羅道を行くがごとき緊迫感を秘めた絵。
 それがどのコマにも満ちあふれているのです。毎回、ページをめくるたびに、よくこんなことができるものだと思うのです。
 画家はどんなに精力を傾けても、数枚の絵を仕上げるに過ぎないけど、井上氏の場合は線のすべて、コマのすべてに勢力を注いでいてひとつとして適当というものがない。

 雑誌連載のタイトスケジュールの中でこんなことができるなんて───

 ばけものだ、と言うのは簡単だし、アシスタントもいるだろう、というのもあるでしょうが、すべてのコマに勢力を注ぐ情熱、一本の線といえども入魂する気迫は誰もができることでは絶対にありません。

 吉川版をベースにしている以上、やがて訪れる最後の対決。いったい井上氏は我々に何を見せてくれるのでしょうか。
 そして思うのです。黒澤明監督がご存命で、バガボンドを読んだらなんと仰っただろうかと。たぶん今もアニメ化や実写化のオファーは来まくっているに違いないんです。
 でも井上氏は解ってくれていると信じます。連載途中でそんな事をしたらどうなるか。

 しかし連載がきちんと終わったあとなら、最高のスタッフと最高の声優陣で、じっくりと映像化されるのも観てみたいとも思うのです。
  
 

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コメント

最新刊出たんですね。買いに行かねば
私は感想の表現が下手でうまく言葉にできなかったんですが…
Tomさんのこの感想・表現に「そうそう!」とアイヅチを打ちました。
恥ずかしながら原作を読んだことがないんですが…バガボンドを読んでから原作に入れば、また違った世界がみえるかなぁと思ってマス(^^)
聞いたハナシですが、作者井上さんは人物は全て裸で描いてから、着物を着せていくんですってね。や~…スゴすぎる

投稿: モコネエ | 2008.05.24 05:46

もこねえさん、毎度です。
原作はさすがに戦前なので、文体もですが男女間の描写がある意味清く、あるいみ生々しい。
なんといっても視点が禅の世界(このへんが海外にもひろく読まれている理由)に近く、ストイックすぎる武蔵の世間ずれが哀しくもある。でも、バガボンドが今の調子でゆくならば、原作は物足りなく感じるかも知れません。
むしろ『それからの武蔵(小山 勝清:著、全6巻)』を先に読んでも面白いかも。
ちなみに、マンガ描く人はだいたい裸でアタリを取ってから服を着せます。てか、そうしないと描けません。逆にいきなり服を着た状態から描く人の方が絵的には天才です。
まあ、アニメーターにはそういう人、多いですが。

投稿: よろづ屋TOM | 2008.05.25 00:18

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