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2006年8月

2006.08.30

ADSLふっかああああつ。(/^▽^)/

 今日家に帰ったら、予定よりも二日も早くモデムが届いてました!!!!

 (;>▽<;)ビェェン 
 ありがとう、NECのAterm担当インフォメーションセンターのアキヤさん、あなたの素早い対応のおかげでなんと二日で届きました!ほんまにありがとう!たぶん直接お礼の声が届かないと思うから、この場を借りて御礼申し上げます。
 m(_"_)m

 た、たすかったあああああああああ。な、なんてシアワセなんだろ。ネットができる、ゲームにも繋がる。………と、思ったら…

 無反応。でもモデムは光ってる。元気に元気に点滅してる。やっぱし、焼き切れてたんだ。…でもMacは繋がっていない、って言う。
 ふと目の前にくっつけてあるイーサネットルーターを見る。………あれええええ?(?_?)

 光って…ない。

 げええええええええ。死んだのはモデムとHD-DVDレコーダーだけぢゃなかったのか。

 イーサネットルーターも………ち…沈黙したまんま?こいつも焼け切れたの!?
 そーいえば…あの日以来LED光ってなかったな…きづかんかった。(;´д`;)

 (゜◇゜)ガーン………ま、また出費が…
 もう二度とこういうことないように、サージ予防機能付のタップ買うことにしました。たまらんわ、こんな気分。

 じつは…会社でも悪運がついていたらしく、まあ自分の不注意には違いないんですが、MOを初期化しようとして、なぜか大切な仕事データが満載された外付けハードディスクをあっさりと初期化してしまったんですよ。

    orz あああああああああ。

 実はそれが先週の金曜日。で、それを復活させるアプリを駆使して丸一日かけて消したデータを復活。それを整理し直したのが月曜。
 で、今日、いくつかデータが破損していることが判って、それを修復するのにまた一日。

 ………疲れました…

 実はもうひとつ先月から不運があるんですよ。それはまた写真入りにして顛末をブログに載せますけど、なんと、いっちゃんデカい水槽が水漏れしてしまったんです。
 お盆休みもその修理のために四苦八苦…しかもそれは今も修理が終わってないんです!さあ、どーなりますやら、お楽しみに。───って、他人事か。

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2006.08.28

(;゚゚)/ ど〜〜〜ん!! 落雷に注意。

Thunder_1

 土曜は朝方までゴチョゴチョ書き物をしていたので、日曜日はぼ〜っとしながらHD-DVDに録りだめたアニメとか映画とか観ようと思ってたんですよ。
 で、朝昼兼用の飯を食い、とりあえず『趣味の園芸』なんてあたりを観ていたころ。

 一天にわかにかき曇り…あ〜らわれ出でたる玉梓が怨霊…W(`0`)W

 この出典をご存じのかたは筆者くらいのお歳かしらん。いや、それはおいといて…朝から曇っていたのでひと雨欲しいとは思ってましたよ、たしかに。水やりしなくて済むし、チョットくらいは涼しくなるかとも期待したし。
 でもまあ、降るわ降るわ、もお土砂降りもいいとこで、ガラス窓にたたきつける音はまるで中華料理屋の油炒めか滝壺のよう。

 そして晩夏のオキマリの、ごろごろごろ…「お、来た来た!」そう、筆者は稲光が好きなのです。だって美しいでしょ?あんなのどんなSFXも叶わない。まあ、うちの周りにははるかに背の高い建物が多く、ウチなどに落雷しないとたかをくくっていられるからですが。
 何回か雷鳴があったものの、音も迫力もそれほどでもないので「ああ、遠いのか」と思った瞬間、ばりばりばりばり、ばっしゃ〜〜〜〜〜ん!!!!!!!!

 落ちました。それもかなり近くに。もともとフツーの感覚の母は「落ちた、落ちたで」とビビってましたが、落ちたといっても特定の建物などに落ちたわけではないな、と直感的に筆者は思ったので「いや、大丈夫やわ、あの音なら」と応えました。

 しかしたしかに破裂音はその時筆者がいた二階よりもずっと高い場所から降ってきたように思えたので、落ちたように思えても多分空中で散った形になったのではないかと考えが至ったとき。

 (@_@;)ま、まずい。それって、話に聞く高電圧静電サージとかなんとかってのが発生するケースとちゃうのん。
 あわてふためいて三階の自分の部屋へ。まず、マウスをすばやく振って今年買ったばかりの愛機MacMiniのスクリーンセーバーから復帰させてみます。
 うん、画面は正常みたい。まあ、念のため再起動させておこう…
 あれ?(・o・)終了コマンドを受け付けない?
 (・O・; あらら?虹色円盤がくるくる回っているばかり?
 (-д-; や、やばいのか!?   そう思っているウチになんとか青い画面になって無事終了モードに。

 ああ、よかった。───とHD-DVDのリモコンを取って“見るナビ”に切り替える。
 あれ?(・o・)受け付けない?おかしいな、電池の接触不良か?うりうり、と電池を廻してみる。でもよく考えたらコイツも今年一月に買ったばかり。
(=_=;)しゃあない、これも一度終了かけて再起動するか。───うん?
 (・O・; なんか時間かかるな。(O_O;)あれれ?立ち上がらない?
 うそ。まだ観てないし皿に焼いてない番組がいっぱい入ってるぞ。てか、これがないともう番組に何があるかもわからへんぞ!?!?

 なにげにMacを観ると、Safariにメッセージ。「ネットに繋がってません」

(@0@;)ガーン。な、なんですとおおおおおおお。

 ハッと振り返ると、いつもなら賑やかに『ナイト2000』みたいにチカチカ点滅しまくっているはずのADSLモデムが…モデムが…全LED消灯。無反応。

 お〜〜〜〜〜〜〜〜〜NO〜〜〜〜〜〜〜〜〜\(◎o◎)/!

 どうやら電灯線ではなく電話線から高圧静電気がイッキに流れ込んだらしい…だからビデオやテレビは無事でADSLに関係したモデム、パソコン、HD-DVDがやられてしまったのです。

 かくして、我が家は眼と耳を奪われた暗黒の闇につつまれてしまいました…
 仕方なく保証書などを棚の奥からほじくり出し、電話番号を探して…ああ、でもなぜか故障や大事故って起こるのはたいてい休日なんですよね。しかも説明書見るとたいてい「詳しくはホームページで」
 なめとんかあああああああ凸(`、´メ)
 ネットに繋ぐためのモデムの説明書を読むっちゅうことは繋がってないってことが前提でしょうが。

 幸いHD-DVDを買ったヨドバシは年中無休なんでとりあえず電話。でもADSLモデムの方はやっぱし平日しか受付なし。
 不幸中の幸いだったのは、IP電話にしてなかったこと。もしそうだったら雷サージ一発で我が家の通信網は携帯電話を残してパア、ってことになったわけですな。やっぱりなんでも一本化しすぎるとなんかあったときワヤクチャになるからフェイルセーフになるようなやり方が正解です。うん、IP電話はやっぱり要らん。

 なんとか連絡ついたその結果は…ADSLモデムは早くて三日後、HD-DVDは週末に修理に来てもらえるかドーか…しかも看てもらわない限り中のデータが助かるかドーかも不明だそうな。

 てなわけでこのブログアップも会社から。
 それにしても…ダメージ強。( ;´д`;)//柱 精神的にも経済的にも。

 あとのニュースで、同じ市内で水道工事中の道路が陥没してエライことになってたようで、よっぽど降ってたんですねえ。でも落雷、他の人には影響なかったんかなあ。

 いやあ、みなさんも雷には要注意ですよ。長期に留守するときは電源だけでなく電話線も抜いておいた方がよさそうです。もおこりごりッスよ。

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2006.08.26

のだめカンタービレ、アニメ化!?

 あ〜〜、やっぱり気楽な話がいいですね。
 そうでなくても殺伐としたことが多すぎて。今日は本来なら休みの筈が、帰りしなに呼び止められて「もしかしたら午後から出てきてもらうかも知れない」と宣告されたんですな。
 その仕事ってのは、とにかく夕方から始まって次の日の似たような時間までダラダラとだらしなく続く性質のクライアントの仕事で、肉体よりも激しく気力を減退させられるもののために、それをするということだけで重苦しくて落ち込むのです。

 幸い、回避はできたんですけどね。あー、やれやれ。でもおかげで昨夜は悪夢を見るわ、今朝もずっと鬱々。なんとかせんと…

20060810_14_01
 さて本題。昨日同僚の愛守(あいす)さんが教えてくれたのが「のだめがドラマになるそうですよぉ」。
 げええええ?アニメでなく!?
 実は筆者、コミックをドラマ化することには大変マユツバなのです。デキの如何をとわず、原作を知らないのならともかくも、知っていれば、いや惚れていればいるほどにギャップに苦しむから。
 これって、言ってみれば異なる媒体によるリメイクなんですよね。

 アニメ化の場合はなかった音声をリアル化し、止め絵を動かすのでそれほど無理は生じないんですが、アメコミみたいに写実的な絵でなくデフォルメとして洗練された日本のコミックではなかなか難しい。

 まあ、今回たまたまアニメ化も決まったそうですが、まずはこの秋からのドラマが先行。この配役が微妙なんです。

 以下は愛守さんとくっちゃべっていた内容なんですが、上野樹里ちゃんは筆者も大好きだしその実力は『チルソクの夏』以来注目している女優さん。また相手役の玉木君も甘いマスクのワリにヨゴレも演じられる上手い若手だと思っています。

 でも…

 樹里ちゃんに「ぎゃぼ」「ふおおおおおお」はなんか似合わない気がします。そして玉木君も千秋とは違う。むしろ峰の方が似合う。今回峰は瑛太君が演る(ってことは『サマータイムブルース』か)んだそうですが…彼もコメディ役上手いけど、くそ真面目な役が似合うからむしろ黒木かと。
 でもドラマは1クールだから黒木の出番は多分ないでしょうなあ。
 「それより注目は真澄ちゃんでしょう」とは愛守さんの指摘。毎度ながら彼女のツッコミはフルーレより鋭い。そう、あの強烈なキャラは誰が演じるのかは注目…あ。でも今アフロで思いだしたのは『タイガー&ドラゴン』での阿部サダヲ氏。身体は細いけど彼の個性やキャンキャン吠える演技は合いそうな気がしませんか?
 実際はどなたなんでしょうか。

 あと配役が決まっているものでぶっ飛んだのがシュトレーゼマンを竹中直人氏が、ってこと。まんま『スウィング・ガールズ』やないですか。しかもドイツ人って設定って…
 無茶しますなあ。(;´_`;)

 で、誰ならわれらがのだめに合うか、と腕組んで考えていたら、またまた愛守氏が「上戸彩!」というご意見。
 なるほど、「ぎゃぼ」が似合って、可愛いのかそうでないのか微妙、しかも千秋ととっくみあいしても違和感が全くないという意味で上戸彩ちゃんならという結論に。
 でも今では高くつくからNGかも?
 結局千秋は結論が出ませんでしたが、筆者的にはオダギリ・ジョーに化けてもらってはどうかと。彼は仮面ライダークウガの時から、もともと胸に静かな情熱を秘めているのに表面はクールって役が多かったはず。
 どうすか、この案。く(^^)/

 さて、アニメ版は来年一月からのようですが、声がまたどーなるかと共に、クラシックでは寝てしまう筆者にシロウトでも分かる驚愕のピアノはどんなものか是非聴かせて欲しいのです。
 そう言う意味でもおなじピアノコミック『ピアノの森』のアニメ化を期待しますね。

 それにしてもシュトレーゼマン。竹中直人って…うそお。(しつこい?)

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「子猫殺し」、自分なりの反響…

 先日、帰宅時の電車の中で前にいたおっちゃんのスポーツ紙にでかでかとあったのが『直木賞作家、犬猫殺し激白』みたいなタイトル。
 「うわー、またワイドショー好みのネタやなあ…」と思っていたら、筆者が愛読およびコメントでもお世話になっている小夏さんがさっそく記事にされていました。

 記事内に問題の作家が書いたという文書があったので、ようやく事の顛末が飲み込めました。なるほど、過激な文章ですね。
 ただ、筆者の感覚はひねくれているのでこの作家の行間から匂ってくる開き直りが読み取れるような気がするのです。もしかしたら誰かに咎められて「そーだよ、悪いか」とばかりに勢いで書いたのかも知れないような、ふてくされた文体。

 いわく、『家の隣の崖の下がちょうど空地になっているので、生れ落ちるや、そこに放り投げるのである』
 直木賞作家だけに描写が巧いから余計なのでしょうが、短くて無駄のない文なのに、たしかに酷たらしい光景が容易に想像できますね。そのことだけでも愛猫家にしてみれば怒髪天なんでしょうが、このあとに続くくだりがそれに火に油を注いでいる。

『社会的責任として、育てられない子猫は、最初から生まないように手術する。私は、これに異を唱えるものではない。
ただ、この問題に関しては、生まれてすぐの子猫を殺しても同じことだ。子種を殺すか、できた子を殺すかの差だ。避妊手術のほうが、殺しという厭なことに手を染めずにすむ。そして、この差の間には、親猫にとっての「生」の経験の有無、子猫にとっては、殺されるという悲劇が横たわっている。』

 この時点ですでに大ブーイングが巻き起こるんでしょうが、筆者はまだこれでも「う〜ん、まあ、極論やけど言わんとすることは解る」んです。賛成や同感は得られないけど。
 けどそれに続く一行はいただけない。

『どっちがいいとか、悪いとか、いえるものではない。』

 そう書いてしまうと「あたしは悪くない」って言ってるのと同じで、せっかく後ろ指をさされる覚悟で書いたカミングアウトの言い訳になってしまいませんかね?
 それに“いえるものではない”なんて決めつけることはできない。いえるでしょう。人にはそれぞれ異なる価値観や考え方があるから。

 そんなわけで筆者は思うところを、先の小夏さんの記事に長々とコメントを書かせていただきました。また、同じくコメントを寄せられたボー・BJ・ジングルズさん、にゃごにゃさんにも宛ててコメントらしきものを偉そうに書かせていただきました。

 だけどぶっちゃけた話、送信してから後悔がないわけではないのです。
 「ああ、ゆーてもた」って。余計なことをダラダラ書いただけではないんだろうか。不愉快にさせてしまっただけで思いは伝わらないままではないのか。しかもコメントだから文字制限もあるのに長々と三回にわたって送りつけたりして…と後悔。
 あれでも必死に割愛してるんですよ < 小夏さん…いつもご迷惑おかけしてごめんなさい。

 だけど書かなかったらずっと悶々としていただろう、とも思います。結局、まだ何か書き切れてない気がして、こうして自分のブログにも記事アップしてしまってますし。
 直木賞作家さん、ホントに難儀なコラムを書いてくれたものです。私が一番ひっかかるツボに一矢くれたものだから無視したくてもできない。

 『ものを口にするとき、感謝の気持ちを忘れてはならないとずっと考えてきましたし、今もその気持ちは変わりません。
ただ、それを信じる一方で、それは単なる自己欺瞞なんだと理屈で割り切る自分もいるんです。それが交互にぐるぐると巡っています。
自分が喰われる立場になったとして、感謝してやるから死ね、と言われても納得できない。無益であろうと有益であろうと殺される側にとっては同じ事だから。』

 これはにゃごにゃさん宛のコメントとして書いたものを再掲載させてもらったのものですが、筆者はこの矛盾がそのまま戦争に於けるエセ正義やそのための殺人の是非ともダブるのです。
 次元が違うよと言われるかも知れませんが、生命の重さを論じるなら人も獣も同じステージに上げるしかないと思うし。

 ただ、最近奇妙な定義を思いつきました。生命と魂と意識は違うもので、みっつセットになって初めていわゆる“生きている”状態ではないか、ということ。

 生命とは生きるためのエネルギー、魂とは存在の本質、意識は個体が生きて経験してきてはぐくんだ自我だと定義してみると、本能のみと思われる原生動物や植物などは意識がないけど生命と魂はある状態だという表現ができます。もちろん自我は持っていないだろうという仮定においてですが。
 死を目前にした人の場合は意識と魂があって生命がなくなりつつあるということ、そして2006年時点でのコンピューターやロボットは意識と生命があって魂がないという表現ができるのではないでしょうか。

 これはかの小説家の、生まれたてすなわち“意識のない子猫”は“受精することのなかった卵子”と同じだという極論に近い解釈かもしれないと思うのですが、いまさら生命の重さは変わらないなんてきれい事を並べても結局害虫は殺すしかないですし、動物愛護協会の人の中には鯨は可愛そうだと論じたその同じ口で子羊肉(高級品は生後まだ乳を飲まない間に屠殺したもの)に舌鼓を打っているかも知れない。
 その逆のパターンとしては、哀れを感じながらも環境維持のため仕事としてやむなく捕殺して野生動物の頭数をコントロールする人もいれば、娯楽のためにスポーツとして野鳥や狐をハンティングする人もいるということ。釣りと同じだという感覚もあるでしょうが、目的が食べるためが主か、狩猟行為が主かで意味合いも変わるでしょう。
 いずれにせよ、殺しているという事実には変わりないんですが。

 しかし、かくいう筆者は10年以上も熱帯魚、グッピーを飼っています。先の小夏さんのブログに書いたコメントにも『寿命は一年ほどで、毎年100匹以上生まれては死んでいるでしょう。ブリーダーではないので稚魚はそのまま育てますが、それでもたまに奇形種が生まれます。水槽の数が限られているから遺伝子に異常が現れやすいのです。
そういう時は仕方なく“処分”するしかない。しないと、一年サイクルで繁殖を繰り返すグッピーは遠からず滅ぶからです。
でもそれは言い訳です。食べるためでも自衛のためでもなく、管理上の理由から殺すのです。』

 ちなみに、グッピーにははっきりと判るほどの感情は多分なさそうなのですが、個体によっては確かに温厚なヤツもいれば、自分で産んだ稚魚を自ら追い回して食べてしまう荒くれもいて、たかがメダカの一種ですが、本能だけしかないとは言い切れないところもあります。
 とはいえ、筆者を飼い主だとは認識するほどの知能がないのは間違いないと思われます。

 だけど、どんなへりくつをこね回して自分の殺生行動を正当化したところで、結局筆者もかの作家と同類かも知れないな、と思うのです。
 筆者が“奇形だから”と稚魚を殺すのも不要だからというのが理由。この作家と同じ動機なのです。ブリーダーは雌雄が判別できるように育った時点で交尾しないように雄と雌を別の水槽に分けます。つまり“避妊手術”と同じですね。
 で、必要に応じて適当な雄と雌をひとつの水槽に入れて“掛け合わせる”のです。分けたまま飼い続ければ繁殖しないまま彼らは死滅します。犬や猫の品種改造(改良というのはあまりに傲慢な表現で使いたくないので)の場合はどうなんでしょう。ブリーダーが求める特質を備えないものは不要ですよね。
 とはいえ犬や猫なら雑種ということでも売ることはできるから、まさか殺しはしないとは思いますが、ペットにすることと同じく人間の欲や傲慢による犠牲者に違いはないでしょう。
 つくづく人間は業が深い…なんて他人事みたいに書いている私こそ積み重なり続ける業で押しつぶされそうです。

 グッピーの一生は一年ほどとサイクルが短いぶん、何度も何度も生と死の繰り返しとその舞台である小さな水槽世界に閉じこめた自分の罪深さを思い知らされるのです。
 愛らしい稚魚がワンサと生まれたら嬉しいのと同時に、また新たに罪を重ねてゆく現実も突きつけられるなど、ネガティブとはいえども様々な形で筆者に世の無常と無情を教え続けてくれています。

 なのに最近とみに感じるのは、我ながら驚くほど情が薄いんだ、ということ。やたら感動する喜怒哀楽激しいたちなのに、いざとなるともしかしてどこかで人間ではないのではないかと思うほど薄情になれるんです。
 人格の崩壊って、こういう所からほころんでゆくのでしょうかね。

 私は気が小さいんでしょうね。虚勢を張ってみても心が弱いとみえて“たかが小魚の始末”だけでその日一日気分が重いけど、この作家は殺した子猫の夢を見たりしないんだろうか。私も、単なる始末、無益な殺生でなくて食べるために殺していたならば毎回こんな嫌な気分にならずに済むのだろうか───
 ああ、なんか明確な意見がスッと出てこない自分が情けない。

 漫画の神様、手塚治虫先生は生涯をかけて描いた漫画はすべて生命がテーマでした。私も死ぬまでにそんなメッセージを誰かに伝えることができるのだろうか…

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2006.08.20

休日のテレビ番組に思う

不思議なもんで、昔から土日とか休日のテレビ番組ってほんとにしょーもないですよね。
たぶん「どーせみんな出かけていて誰も観てないんだから」みたいに考えてるのかも知れない。
でもまさかテストパターンとか朝方に流しているようなBGV番組を流すわけにも行かないから、テキトーなのを垂れ流しているのかも。
そんな中、今年正月から導入した念願のHD-DVDレコーダーのBSデジタルチューナーがすごく活躍してくれてます。

やいのやいのと宣伝している地デジは所詮は高画質化のためというよりも、飽和状態になった放送家電業界を活性化するために従来の機械を使い物にならないようにし、同時に映像版権流出を阻止するためだから仕方なく…という理由ですが、BSデジタルはちがう。特に民放。
NHKはデジタルのくせに受信状態が最悪なので、内容は良いんですがとにかく観づらいのが最大の問題。衛星第一と第二はアナログにすることで回避できるんですが、最大の売りの筈のハイビジョンがもう無茶苦茶。

\(^_\)ソレハ(/_^)/コッチニオイトイテ

高画質とはいうものの、所詮は普及率の低い電波帯ということもあるのか、また成り立ちそのものが実験的な要素も多かったためか地上放送ではまずできそうにないほどゆったりとした番組が多く放送されています。
しかも予算の都合からかも知れませんが、WOWOWのように時間を変えて何度も放送してくれているのがありがたい。

最近のお気に入りはBSフジの『欧州鉄道の旅』とBS日テレの『ヨーロッパ水紀行』。
もお、とにかく死ぬほどヨーロッパへ行きたくなってしまう極悪な番組。写し方が巧いし、いろいろ勉強になるし、やたら美しいし、落ち着いたナレーションだけの優雅な雰囲気がなにより嬉しい。
毎回観る度に思うんですが、なんで欧州の都市ってあんなに清潔なんでしょう。で、風情がある。
ほんとにこんなところで毎日生活している人がいるなんてウソみたい、って感心してしまう。
日本なんて最大の国際観光都市である京都でさえも電信柱にアスファルト、それに無粋なビルディング、埃っぽくてウルサイ自動車の群れで風情なんて微塵もない。

あれで自動車を完全に閉め出して、路面電車を復活させたらかなり美しくなると思うんですけどねえ。

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2006.08.02

みなさん、何ヵ国語話せます?

 いや、かく偉そうに書いている筆者だって一般的な日本人ですから日本語以外は会話になりません。
 一応興味本位で韓国語は勉強してますが、所詮四十の手習いで我流の上にあかんたれで度胸がないもんだから自分から韓国の人に話しかけたりはしません。
 とはいえ、一応韓国人のメル友のおかげで辞書片手にトロトロながらもなんとかハングルの文章を読んだり、聞き取りはダメでも話す方は簡単な文章くらいなら脳裏に浮かぶようにはなりました。(ほんまかいな、ほな試したろ、というツッコミはナシで)
 とはいえ、とりあえず自分の出身国の1ヵ国はネイティブとして、一応それなりに真面目に義務教育受けているなら話せないまでも一応英語なら読めますよね。
 大学行った人ならあとフランスとかドイツとかも。発音がヘンだったり、ちゃんとした意味が解ってないとしても読めるでしょう。
 そんな程度でも、わざわざ高い月謝を払うまでもなく好奇心のおもむくままに外国語にふれてしまえる本があります。
Tabiyubi

 それが写真の『旅の指さし会話帳』という本のシリーズです。最近ニンテンドーDS用ソフトとしても発売になったのでご存じの方も多いと思いますが、もともとは携帯しやすいA5サイズで厚さも1センチ足らずのハンドブック。
 なんと2006年8月現在で66種類も出ているのですが、いずれも手描きによる文字で日本語と対訳の二ヵ国併記スタイルになっていて、そこへ事細かに解りやすく可愛いイラストをふんだんにちりばめた構文がいろんなパターンでぎっしりつまっています。
 このシリーズ、発想そのものがユニークで、フリガナなどは当然日本人用として作られてはいますが、対象となる国の人に見せ、単語を随時指さしてもらうことで日本語として理解できるメッセージにもなる仕掛けなんですね。ですから文字もわりと大きめで、しかもそれぞれ関連づけたページ構成になっているから探すのもラク。
 もちろんライターとイラストレーターはそれぞれ異なりますし、全体の構成は共通しているものの、やはり時代の流れによる変化やその国ならではの風習に基づいた特記も多く、またそれゆえに読んでいてめっちゃ楽しいのです。

 実は筆者が韓国語の入門書として最初に手にしたのがこのシリーズ。絵が可愛い上に妙にユーモラスで(DS版のイラストも同じ“むろふし かえ”さん)、特に「さあ、勉強すんでえ暗記やでえ」と意気込まなくても、暇なときナニゲに見ているだけでハッと気づくといつのまにかアタマの片隅に単語がインプットされているんですね。
 おまけに巻末には簡単な単語辞書が掲載されているから、構文のページで目的の言葉が見つからなくてもそれはそれで使えるわけです。
 さらに気づいたことや本にないことを学ぶたびに本へ直接メモることで、この本はさらに進化する、というわけです。

 まあ、書籍なのと、日本人なら誰でもとっつきやすいようにとカタカナ表記のため、正しい発音ばかりはどうしようもありませんが、むしろこの本をひっさげて直接その国の人に教わりなさい、という“外国語習得のための鉄則”を地で行く考え方がカッコイイわけです。
 そもそも片言であろうと、その国の言葉で挨拶するだけでもステキじゃないですか。

 本屋さんでも外国語コーナーを持っているほど大規模でないと全巻見ることはないかもしれませんが、66種類がズラッと並んでいる様はなかなか壮観。
 同時に思うのは、世界にはなんて多くの異なる言葉があるんだろう、ということ。
 旧約聖書をまるのみするならば、かつて人類の言葉はひとつ(聖書の著者はたぶんラテン語だといいたいのかも知れませんが)だったのが、かのバベルの塔で神を冒涜したバチが当たってその場にいた人間の数だけ通じない言葉が生まれたのだとか。

 で、今回チャンスがあって、この『旅の指さし会話帳』をまとめ買いできることになったので、思い切ってずっと欲しかった言葉をゲットしたのがこの写真なんですよ。
 「そんなに買って何すんのん、暗記できるわけでも外国行くわけでもなし」と思われるかも知れませんが、同じ設定、シチュエーションで編集されたこのシリーズは、ランダムに眺めているだけでもカルチャーショックの連続です。

 ところが一度に買えるというので嬉しくて舞い上がってたんですねえ。
 なんとイタリア語がない。買い忘れです。仕方なく次の機会へ見送るんですが、考えに考えて絞ったはずでも、やはりこんな風に並べてみるとタイやビルマも気になってきます。立ち読みで知ったんですが、モンゴルなんて昔は元(げん)だったから漢字表記の言葉があるのに、アルファベットで記すとソ連領だったからロシアの文字なんですな。

 さらに楽しいことに、66種類の中には逆バージョンもあるのです。つまり、韓国人が使うための日本語指さし会話帳とか。
 なかなか笑えるのが英語圏外国人向けの京都弁の旅の指さし会話帳67KYOTO
 筆者も京都弁ネイティブではないですが、一応関西圏人で祖母はネイティブ京女だったことから見ると、“What are you saying?”は「何言ってはんの?」ではなく「何ゆうたはんの?」だと思うなどちょっと首をかしげるところもありますが、間違っていない表現でも思わず笑ってしまうところがいっぱいあります。

Tabiyubi_kyoto

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 だって、“mother”が『おかーはん』はナルホド、としても、急に標準語で「あなたの職業は何ですか?」って書いてある横に「隠居生活」ってお茶目すぎませんか?
 それに“short”が『ちんちくりん』って、アナタ。えーんかいな、こんなこと。

 それにしても言葉って面白い。

 サッカー用語ひとつとっても、まさか王国のひとつドイツでは「ゴ〜〜〜ル!」って叫ぶとこを「ト〜〜〜〜ア!」なんて言ってたなんてビックリでしたよ。「こんにちわ」のように挨拶として使われていても、国によっては韓国の「安寧ですか?」とかアラブ諸国の「あなたの上に平安が訪れますように」という意味だったり、ラテン語圏みたいに「いいお昼ですね」だったり。(そういう意味ではコンニチワって文章になってませんよね。今日がどうしたのか尻切れトンボ。)
 このシリーズにはそんなビックリがいっぱいです。もし本屋さんでみかけたら一度手にとってご覧下さい。観光系番組とはひと味もふた味も違った世界が見えるかも。

旅の指さし会話帳サイト

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2006.08.01

美味しヤキトリ三昧。上本町『こけこっこ』

 ブログを始めてはや半年、よそのブログではよく「どこそこの店が美味しかった」とかの記事を眼にします。
 なんか、食べるものでシアワセになって、それを記事にしたものは書いている人の笑顔が見えそうで好きです。
 筆者も食べることと飲むことが大好きだし、バーッと紹介したい店もけっこうあるのです。

 しかし。(;´д`)
 

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