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2004年8月

2004.08.26

いくらなんでもこれは凸(~~#)ヒドイよ『東京湾景』

 今いわゆる“月9”枠で『東京湾景』という連続ドラマをやっている。
 筆者はデビュー当時からひそかに仲間由紀恵さんを応援してきた。ひそかに、というのはストーカー的なものではなく、彼女が出たドラマなどを友人や同僚などの草の根レベルで吹聴して廻るという程度だ。
 今回、彼女が『ナイトホスピタル』以来のシリアス系ドラマに主演すると聴き、また彼女の役どころが在日韓国人の役と聴いてひそかに期待していたのである。
 しかしこのドラマはひどい。彼女も可哀想だが、脚本家はもっと可哀想である。
 なぜかというと、内容があまりにも視聴者に“媚びて”いるからだ。原作は知らないが、このドラマに於いて付加されたという“他界した母親が遺した日記”と“時代と国境を越えた運命のラブストーリー”という部分が、韓国で大ヒットした映画『ラブストーリー(原題:クラシック)』と酷似しているせいで、シチュエーションはもちろん、モチーフまでそっくりになってしまっていることだ。

 韓国映画『ラブストーリー』では、主人公がある日家で留守番をしているときに母親(こちらは生きている)が若いときの恋文の束を見つけるところから話が始まる。
 そこには、朝鮮戦争直前に学生だった母と、かつて母が恋した若者との身分違いの哀しい恋が綴られていた。同時に娘である主人公にも想う人がいて、彼との間での淡い恋が同時に描かれて行くのだが、このふたつの恋には運命とも言える繋がりがあった…というもの。

 また、ごていねいにこの映画で使われた挿入歌を歌うのが『東京湾景』でも同じく挿入歌を歌う“自転車に乗った風景(チャヂョンゴ・タンプンギョン)”というデュオである。
 まあ、パクリといえば聞こえは良くないが、かのシェークスピアも「この世にオリジナルの創作物語などはない」とのたもうた程だから、オマージュと呼ぼうがリメイクと呼ぼうが、似た話でござい、でいいのだろうし、韓国映画ファンであると同時に仲間由紀恵ファンである筆者はこれ以上辛いモノを観たくないが故に、3回目からずっと観ていなかった。

 しかし、今回筆者も贔屓にしている韓国の男優、パク・ヨンハが出るに当たって、久々に観てみたのだ。すると、このドラマがいつの間にかサブタイトルに“夏のソナタ”とついているのに気づいて以前にも増してがくりと脱力してしまった。
 しかも、オープニングに事もあろうに、端役、というよりも第二次冬ソナブームに便乗せんがために出演させたパク・ヨンハを大々的に出し、さらには撮影のウラネタとしか見えないカットを交えているのである。あきれた。
 8月23日放送分では“使わないとソン”とばかりに冒頭でいきなりパク・ヨンハのインタビューから入ったのにはアゴがはずれそうな気分だった。
 ここまでひどく韓国ブームの上っ面だけ追っかけるドロナワ(泥棒を見つけてから縄をなう、という意味)式のストーリー展開や演出はあまりにも視聴者をナメている。
 ましてブームだからとあれもこれも手当たり次第に取り入れながらなんて、あまりにも情けない。不甲斐ない。こんな内容にもかかわらず毎回このドラマを夢中で観ているとしたら、そんな視聴者こそいい面の皮である。

 おまけに、主人公に横恋慕するおぼっちゃんという役柄の中村俊介氏が、仲間さん&和田氏のカポーだけで韓国旅行へ行くと聞いて空港まで追いかけるシーンがあるのだが、追いかけてつかまえたからといって彼一人でどうなるものでもないだろうし、またなぜか突然現れた麻薬患者に彼は刺されてしまうのである。(このシーンを観たとき、漫画『みゆき』であだち充氏が展開に困ったとして、突如暴れ馬や暴れ牛を登場させた“あだち流おふざけシーン”を思い出した)
 しかもそれがもとで彼は半身不随になり、ホンキかどうか知らないがこれまでの態度を泣いて悔やむのである。そして仲間さんはそのために微妙な立場になる。
 となると、冬ソナのユジンとサンヒョクよろしく、それがもとで本来愛する彼を棄てて同情と罪滅ぼしの気持ちから、もしや…というのも見え見えだが、それもどうやら、韓国式メロドラマを下手にマネしているようだし、その真似方そのものをわざと見え見えにしているように見える。
 このやり方は徹底しているらしく、23日放送後の予告編では物語の原作を書いたという設定の仲村トオル氏が出てきて、仲間さん演じる主人公の父親はホントに石坂浩二氏かどうか、みたいな話を臭わせているのである。ほんとにフジテレビは真面目にやってるのかと疑いたくなる展開である。いや、むしろSMAP×SMAPでのコメディのようにあくまでパロディなら笑えたのだ。
 どうせなら冬ソナのリメイクとか、韓国映画『クラシック』より、とか断ってのことならどうということはないのだ。
 恥ずかしげもなく堂々と月9に新作ドラマとして出してくるその態度が情けないのだ。

 冬ソナあたりだけを観ていると、韓国ドラマにはたしかにツッコミ処満載のご都合式展開が随所に現れる。(余談だがそんな韓国ドラマ界でさえ『オールイン』の原作が事実に基づいた話にも関わらず、あまりに奇想天外すぎてリアリティに欠けると判断したそうだから余程なのだろう)
 しかし多少の誇張はあっても、実際に“まさか”という出逢いやすれ違いはありうるし、だからこそ恋愛とその運命論が成り立つのは経験者ならうなづけるだろう。
 また、それだからこそ韓国のドラマが日本人にも受け入れられたのだと筆者は考えている。


 フジテレビが視聴率のためには人の名誉はおろか尊厳さえいい加減に扱うエコノミックな傾向にある放送局であることはこれまでの数々のトラブルから察していたが、ここまで視聴者に媚びたドラマの作り方をするとは思わなかった。
 こうなると可哀想なのは俳優たち、そしてこんな脚本を書かされる脚本家、こんなひどいドラマを撮らされ編集させられるスタッフたちである。
 原作も読んだワケではないが、ドラマの公式サイトにあるPDのコメントを読んだ限りではかなりいじくり廻されているらしいから、原作を書いた作家も気の毒至極である。

 これでは韓国の人たちに「日本のドラマでは視聴率はかせげない」とハナでせせら笑われても仕方ないだろう。まして、あちらで有名なドラマと映画からのパクリまくりである。恥を知るべきだ。

 まあ、韓国ドラマが韓国文化を日本へ伝えるように、日本の文化はアニメと漫画が韓国の若者中心にしっかりと伝えているようなので、こんな悪い例がアチラへ流れて行かないことだけ祈っている…って、もう手遅れか。
   (/TДT)/あうぅ・・・


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