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2004.06.17

ブラザーフッド(原題:太極旗を翻して)

 はい、みなさんこんにちわ。(*^_^*)/
 なにかと話題の多い韓国映画の中で、制作中から世界的にも注目されていたのがこの作品。
 というのも、やはり監督が韓国映画をイッキに世界メジャーに押し上げた『シュリ』のカン・ジェギェだったからですが、今回も韓国映画としては異例の高額予算を投じて制作されました。
 物語は1950年夏、早くに父を失ったあと、靴磨きをしながら一家を支え弟を大学へと通わせていた兄は秋には結婚を控えた身でしたが、突然起こった朝鮮戦争のために兄弟は強制的に徴兵されてしまい、母や婚約者、婚約者の幼い弟妹を戦禍迫る中へ残したまま血みどろの戦場へと追い立てられて行きます。
 戦場、それも最前線という異常な環境の中、兄は特別な手柄を立てれば弟を除隊させるという約束を大隊長と交わし、そのためだけに次々と危険な任務をこなしてゆくうちに、いつしか戦場の悪鬼になってゆく…というもの。

 私自身、韓国の文化にふれるまでは知りませんでしたが、くしくも日本公開の直前、6月25日は朝鮮戦争勃発の日です。韓国語で625を表す“ユギオ”という言葉は、韓国ではそのまま朝鮮戦争の代名詞なのです。

 広告のキャッチでは“究極の兄弟愛”と唱われています。間違ってるとは思いませんが、普段はこの手の映画に涙もろいクセに珍しくまったく涙が出なかった筆者としては、兄弟愛と言うよりは“弟のために鬼になった兄の哀しさ”を描いたものだと思うのです。
 かつて筆者は『プライベート・ライアン(98年アメリカ作品)』の冒頭、ノルマンディ上陸シーンを観て生まれて初めて映画で本当の戦場を疑似体験したような気になりました。
 飛び交う銃弾の擦過音、血しぶきを上げて粉砕される兵士の肉体、次の瞬間にはそれにひるんだ兵士の頭をも銃弾が貫くという、戦場では当たり前であるはずの光景を映画でこれほど正確に描いていることに筆者はたいへん感銘を受けました。
 筆者が幼いころ戦災の悲惨さを親から聴かされ、興味本位で兵器や武器の知識を得るに従ってその実際の威力を知り、また死体映像を公開することにあまりやぶさかでない東南アジア系のドキュメンタリーをノーカットで見た経験からすると、昨今の日本やハリウッドの戦争映画や殺人シーン、時代劇における殺陣の描き方があまりにも稚拙で「うあー、やられたー」的な表現にはへきえきしていたのです。

 例の事件のせいで故・深作欣二監督の作品は問題視されていますが、内容を見るとかつての東映やくざ映画のノリでかなり大げさな表現なので、B級ホラーかお化け屋敷的な雰囲気すら感じます。むしろ殺人をリアルに描く点では、北野武監督の作品のほうが毎回ぞっとするほど怖ろしい。
 でも、殺人そのものを、殺人を犯す者を怖ろしいと感じさせてこそ正しい描写だと筆者は信じます。美化した人の死や稚拙な殺人の描き方は、本来殺人が持っている残虐性や死の悲惨さをオブラートに包んでしまうもので、かえって人間が持っていなければならない恐怖や死に対する畏怖の念をマヒさせてしまうのではないでしょうか。

 実際、拳銃はドキューン!というような迫力のある音は出ず、パン!とまるで陸上競技のスターターとそう変わらない音しかでないこと、しかし逆に実際に撃たれた場合、大口径だと肩なら砕け、頭の場合はまるで落としたスイカのように粉砕されてしまうのです。
 当然機関銃や爆弾の類となると何もかも粉々です。そして人間は今まで生きていたことがウソのようにあっけなく死にます。

 『ブラザーフッド』はそういう点で大変写実的であり、正直な話この映画ではそんなシーンばかりだと言っても過言ではありません。それこそ公開当時、女性の大半、観客の多くが気分を悪くしたという『プライベート・ライアン』のノルマンディ上陸シーンがずっとずっと続くのです。
 しかもそれが『プライベート・ライアン』よりも更にリアルさが増していて、実際にヒトが撃たれているのではないか、誰か本当に死んでいるのではないだろうかと思わずにいられません。
 ウォンビンやチャン・ドンゴンなど見知っている俳優が出ていなければとても映画だとは思えない生々しさなんですが、そんなシーンばかりが延々と続くために、やがて自分の感覚が麻痺してゆくのを感じます。ヒトが無惨な死にざまをさらすことに慣れてゆくのです。

 逆にいえば、それは平和な生活から一転して突然戦場へ送り込まれた主人公達の目線でもあるわけです。

 ただ後半、取り憑かれたように北朝鮮の兵士を殺しまくる悪鬼と化した兄に“もうやめてくれ”と弟が訴える理由が、兄の身を案じてというのが少々ひっかかるのですが、映画という物語である以上、当然ですが主人公たちに感情移入してしまうのは否めません。
 それが監督の思惑なのかどうかはともかく、常に彼らの視線と立場で観てゆくうちに、やはり観客はいつのまにか彼らの気持ちに入れ込み、やはりその時その時の“敵”を殺して行きながら危機に陥った場合は主人公達が敵を倒すとホッとしている自分に気づきます。

 だからこの映画で泣けるとしても、単純に不幸な兄弟への同情とか、『シュリ』『JSA』で描かれたように、今も朝鮮半島をふたつに裂きつづける悲惨な現実や、人間の業ともいえる人間同士の殺し合いに対する怒りと哀しみ、血で血を洗う憎しみの系譜とでも言うべき『キャシャーン』で感じた行き場のない悔しさとは少し違うのです。
 言うならば、むしろ弟のために悪鬼となり、さらに巡り合う悲惨な運命に翻弄されながらも、もう鬼でいるしか仕方がない兄の哀れさこそが、悲しいのではないでしょうか。

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受信: 2004.06.26 22:42

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